暁千星の新たな・大きな一歩への餞となる特大の花束のような、跳躍するスターの鐘が鳴り響くような実に記念碑的な舞台だった。
月組を観続けていたファンにとっては、ありちゃんこと暁千星が、バブ味満載の、くるくる回る要員としてときに消費されまくり過ぎる王子時代から、どのように進化していくかそれはそれは楽しみにドキドキしながら見守り続けてきたファンにとっては、これは…キタ…!とこぶしを握り締めガッツポーズして、そして、あ、星組行っちゃうんだウエエエイっていう泣き笑いの感無量舞台となったことと思う。
ああ、星組に行ってしまうのはもう将来の躍進にとって必要なこととはいえ、暁 千星は本当に月組の王子であったよ。そして最後の舞台でブエノスアイレスの風とともに去りゆくアー!ありちゃん!!いかないで!!(※おめでとうなんだけど千秋楽までは惜しみたい)。
つい先日のこと
スカステって上演スケジュールに合わせて、主演スターの思いで舞台とか、本公演の初演映像とかプログラム合わせてくるじゃない。それでやってたじゃない、アルカディア。いまの暁 千星と比べたら、あの頃の暁 千星は美少年。ぷくぷくのかわゆい子でもう別人。特に役柄のクールさに若干の共通点があるだけに、その差が歴然ですよ。
いまのありちゃんからするとアルカディアの映像はもうなんだ、学生時代の文化祭か?くらいのかわいさで、それはそれで貴重な美しさとはいえ、今の彼女の男役としての進化には本当に努力があったのだな、と感動する。
毎度思うけれど、10代の成長期じゃあるまいし、推定20歳くらいから約10年で、タカラジェンヌって本当にみんな磨きあげるよね。スゴイ。老いるはずなのにみんな確実に美しく成長している。
それは今回のヒロイン、イサベラ役の天紫珠李もそう。覚悟をもって役も身体も作ってきたなと、思いが伝わってきた。
ブエノスアイレスの風ってそもそも
正塚 晴彦作品あるあるなのか知らんけど、リアリティのない言葉遣いで会話をずっとしているのね。ああとかうんとか余計な相槌は極力廃して、口語(こうご)…話し言葉でそれはないよっていう、詩的でインテリで観念的で、キミらは霞を食ってるのか?修道士の会話かと思うような、いちいちカッコイイ台詞のやり取りばかりで、一幕後半あたりで、自分は何を観ているんだっけなと頭の片隅であれこれ思考がうずきだしてね。
こうなると目の前の舞台に飽きそうなものなのに、不思議と飽きずに全然つまらなくもならない。
先日WOWOWで、○十郎作品の再演舞台中継をみたときとは対照的で、このときは舞台特有の大袈裟なせりふ回しでの会話の応酬を観てすぐ飽きてしまったのに、正塚演出はもっと意図的というのか、ちゃんと面白いの。大違い。
この作品、主人公ニコラスは出所後、新たな人生の目標がみつからないままそれでも、自分の才能を生かして第二の人生歩めそうなのに、ちょっと迷っている。
そこに運命がつけ込むようなことをして、ニコラスの足を止めるためかのような存在として過去を引きずっているかつての仲間リカルド(風間 柚乃)と再会し、幸福度の低い幼少期を過ごしたうえに孤独にとことん弱そうなリカルドの妹リリアナ(花妃 舞音)との再会もまた、ニコラスの新たな人生への歩みを鈍らせる。
やらしい、なんとやらしく憎らしい設定か。
出所したニコラスは裸一貫。反政府組織のリーダーという戦犯でありながら特赦で出所 という設定はつまり、逮捕・投獄後はもう二度と出られないという覚悟や絶望を味わって、たぶんもう自分の人生はとうに諦めていたところに降ってわいた超特別ラッキーな「出所」なわけで。国の性格や時代を考えたら急に銃殺刑に処されても仕方ないかくらいの時代よ。急に自分の手の中に自分の人生がかえってきた。そんな彼が、思ったよりうまくやれたタンゴと出会ったパートナー、イサベラ。
このイサベラもキラキラした人ではなくって、夫婦仲が最悪の姉夫婦のところに居候して、カネ持っていかれて、病気の母親の入院費はますますかさむ状態で。この先ニコラスとタンゴのパートナーがうまくいったところでそう簡単に彼女の人生の憂いは去らない。
お芝居としては、リカルドが破滅しリリアナのメンタルは崩壊寸前、ニコラスの新しい人生は出だしから過去の清算をまだ、まだ支払わされるというしょっぱさ。
このお芝居は店の歌手?フローラ(晴音 アキ)と主人公のニコラスしか歌わない。このフローラも、若くして子供産んだのかな?っていうたぶんシングルマザーで、その息子がマルセーロ(彩海 せら)という、物語をより悪い方に意図せず導いてしまったクソガキ。あみちゃんはシティハンターのときとちょっと役がかぶっている。
可愛い顔した子なのに、役が愚かな若者ばかりなのはなんでだろうね。
そんなあみちゃん、フィナーレでスーツを着てのタンゴではとてもスマートで、上半身のラインがとっても美しい男役さんで、ああ、私が雪組でいつもオペラ盗まれてたその人だと改めて実感した。
リカルドとリリアナの「きょうだい愛」
兄妹と紹介されるこの二人。床ドンシーンもあり、妹リリアナの、兄への妄信的な態度といいマルセーロが関係を勘違いするような仲睦まじさ。
作中、2人は同じ孤児院出身で、そこからニコラスが救い出してくれたとさらりと会話の中で説明されるにとどまる。
はたしてこのリカルドとリリアナの「兄妹」というのは本当に血がつながっているのか、はたまた貧乏孤児院であまりに幼いころから身を寄せ合ってきたから「兄妹」と呼び合い思いあっていて実際の血のつながりについては不明なのか。
ま、ぶっちゃけ血のつながりはなさそう。ですよね正塚せんせい?
でもこの二人は男女の性愛ではつながらない。互いが唯一家族と呼べる記憶を分かち合っているからかな。幸福を共有した2人じゃなくて不安を慰めあってきた2人なんですよリカルドとリリアナは。だから性愛ごときに飲まれたくないのね。でも時々ヒリヒリする。それが床ドンでありサンドイッチのシーンなんじゃないかな。
元カノのエバ
エバ役の羽音 みかちゃん。とてもよかった。登場人物の中ではもっともまっとうな昼の光の中で生きている人(女)ですよ。
彼女に説得力がないとね。ビセンテ(礼華 はる)は、思いのほか髭が似合ういい男っぷりで、ヤンデレ風というか結構まともそうでたちの悪い婚約者を今後しっかりコントロールしてよい夫婦関係を築いていきそう。
ビセンテは一方的にニコラスにやきもちを焼くわけですが、焼きもち…嫉妬表現って、みんな大好きだし、2次元とか舞台の男女の絡みなんかで眺める分には気持ちがいいけど、実際にあんな風に、もう過去の元カレに対して今の彼しかも結婚を考えている婚約者が、人の話をきかずに嫉妬しているのをみると、冷めない?
私は冷める。
でもビセンテは結婚相手にはとてもいい経歴の男ですし公僕としてちゃんと働いているわけで、エバが彼を手放すことはないと思う。この一件で、彼女はビセンテにしっかり首輪をつけることに成功した感じ。今後ビセンテはエバに手綱を握られつつも表面上は彼女をしっかりリードするという、いい夫婦になりそう。なってくれ。
生き生きした小物たち
この日の観劇は2階席からだったので、上から小物の様子がいくつか観察できた。リリアナ登場シーンで、銀行家と何やら投資かなんかの相談のシーンで、リリアナの前のパンフレットにはなんか、何?水道施設?ビフォアアフターみたいな、何かの設備の絵が描いてあるのがみえた。
店でロレンソ(凛城 きら)とメルセデス(夏月 都)が同じテーブルで開店前になんかしてて、メルセデスが何か帳簿っぽいものに書き込んでいるシーン。帳簿っぽいものは、いくつか見出しがあって、何かのメニュー表みたいに。もっと前のニコラスが店に雇用してもらうときの契約書も、ニコラスが、リカルドたちの部屋に入れてもらって机の引き出しをあさる、その引き出しの中に何かの写真とか書類が入ってたり、それらは皆、ただの白紙ではなく、何かが描かれていた。
そういうのがちらちら見えたのが、なんとも楽しかった。客席からほとんど見えなかったとしても、それらがちゃんと用意されたものだと思うだけで舞台がよりよくみえるように思う。
男役 暁 千星
美しいタンゴシーンの、すっかりほっそりしたあましちゃんとのダンスなどわかりやすい見どころだけではなく、すべてのシーンで、暁 千星がとにかく素晴らしかった。
肩パットのはいった白シャツに負けぬ体躯。細すぎない黒いパンツが実に効いていたなぁ。彼女が演じてきた様々な舞台のうち、たぶんこのブエノスアイレスの風のニコラス役は、文句なく一番の出来と思うし、今後の彼女の舞台人生のなかでも特別な役、特別な舞台になるのではないかと思う。
先日の宙組観劇でも思ったけれども、男役10年なんである。経験や年輪がつくる層って確かにあるもので、いま、本当に脱皮が終わって、新たな羽根か翼かがようやく伸び切って、羽ばたくんだなあっていう瞬間のような暁 千星の輝きは格別でね。
一挙手一投足が美しい、格好いい男役だった。これを堪能するためのブエノスアイレスの風であったよ。