このチケットは2026年の公演で1枚目の友会当選チケット。第三抽選でS席が当選し、1階後方席であった。
前回当選チケットが月組ガイズだから、友会チケットによる観劇は半年ぶりとなる。
公演事前情報は注目の女性演出家の芝居とショー作品だよってことと、結構な好評ぶりだよってことくらいか。SNSで飛び込んできた感想以外はなにもチェックせずに観劇した。
観劇中の脳内
芝居の内容に関係なく感じていたことは、永久輝せあについて。
彼女って、花組をリセットしにきたスターなのかなって以前から思っていた。
明日海→柚香というバトンタッチはこう、どカリスマなタイプのスターによってバトンが継がれたリレー。それぞれ明日海の花組、カレーな花組と、結構な個性を爆発させ大人気でしたけれども、異なる個性ながらどこか同じ系譜のリレーのように感じられると、自分などはそう感じていた。
明日海りおはいまさら言うまでもなく月組育ちで、なかなかの状況で花組にやってきたので当初から花組ファンはもやついたことと思う。けれども、私がこういうときいつも思っていたのは「花組トップっていつも特別に特別な感じだしな」という感覚。
絶大な人気だった明日海時代、そしてコロナ禍の困難に見舞われつつも特別なカリスマを発揮し続けた柚香時代があって、もしもその流れで自組から次代が出ていたら相当息苦しいことになったんじゃないかなあなんて思う。かえってスターの息がつづかなくなるような。
永久輝せあは組替え時点で、ああ、次の時代のトップはこの人だとみんなが確信できる人材だった。
と同時に異なる味わいで、たぶん本人はずっとできることすべてをやってきたと思うが、カレー君とひとこちゃんの並びについて、当人同士の仲とか一切関係なくあくまで舞台上の話として、最後まで印象が薄かったように思う。カレー君て倒錯的でありながら王子様で、相手役のトップ娘との並びの方がずっと記憶に残るスターだったから、ハテ、何度も舞台を観てきたであろうひとこちゃんとって、どうだったっけ、という感じ。私のポンコツ記憶のせいだけではないと思うんだけど……
トップと二番手のワンツーコンビ感も、トップ娘も交えてのトリデンテ感も、薄かった、かな?なんて。そういう売り出しがあったんじゃないかな~と思うんだけども、どうなんでしょうねぇ。
そんなひとこちゃん。彼女がトップになってからは本当に、開胸のスターといおうか。胸の内を全部さらけ出して、すべてを出し切っているようにみえる。
彼女を観ているとまさに命がけで花組トップを務めている姿が目に飛び込んでくるので、時間とともに、みればみるほど花組愛が高まるというか。
今回も、とにかくひとこちゃんが金太郎状態。どこを切っても、いつ切っても、彼女は変わらぬ光を放っている存在としてそこにいて、「あータカラヅカ観たな~」という気分を満たしてくれた。
花男たち
極美慎がinして、今回の舞台では、フィナーレで聖乃あすかとともに二番手羽根を背負った。フツーに考えてだいぶイレギュラなことである。
何が何でも二人のどちらかを二人のどちらかの下につけたくはなかったってことだ。けど組替えもしたかったんだよね、このタイミングで。エリザがあるからですよねどう考えても。
でこの二人はいやでも観客が注目するでしょ、だからいいよね……とばかりに、この日みた花組は、このダブル二番手がそろって印象が…不思議と薄かったというか…
「すごーい、お水みたい!」な日本酒のようでしたかね。水みたいな日本酒って日本酒を好まない人たちにネタにされがちなんだけど、醸すのむずかしいのよ!
品はとてもとてもよかったのだ。ただ優しすぎたといおうか。おかげでこの二人よりもむしろ3番以下のギラギラ花男たちの眩しさが引き立っていたように思う。ていうか希波らいとね。
誰だあの背の高いキラキラギラギラ
平家物語の終焉を描いた蒼月抄。主人公たちを悲劇に追い詰める敵役は源氏で、その最も目立つ役を演じていた希波らいとの顔がいい、表情がいい、背が高くて目立つうえに、見せ場は大階段を使って堂々たる登場。主役と敵対するこの役こそ2番手のものでは?
私は聖乃あすかを知っていたし極美慎を知っていたから、そうではないとわかっているけれど、番手などの概念がない人がみたらどうだっただろう。確かにあすかちゃんもきわみ君も目立つ役だった。というか、意図して単純化させたであろう蒼月抄というお芝居は大劇場にはいささか不足する役の少なさで、その点がイマイチだった。ハコの大きさ、歌劇団の大きさに見合っていないと感じた。一番おいしかったのはやっぱり希波らいとだったかなぁと思う。
ショーでも彼女を探して目が追いかけたほど、印象が後を引いた。
贅沢なつくり
聖乃あすかは品のよい平家の坊ちゃん。もっと観たかったですねぇ。時間がなくてはしょられちゃった感じ。きわみ君はキャラが武の人であっただけ、目立ったようには見えたかな。
冒頭の船頭もそうでしょう。でもそういううまみがあすか君にはもっと用意されてよかったんじゃないかしら。
蒼月抄を事前に情報を入れずに観たけれども、それでもやっぱり桜嵐記との比較をせずにはいられなかった。思い出すなって方が無理な話ね。構成が似すぎていた。
桜嵐記が大河ドラマ一本みたような重厚さを持っていたのは、様々な登場人物の色々な面を見せたから。敵役と主役が対面している以外の時間のそれぞれの人生、主要な登場人物の公私の顔みたいなものをパッパとみせたから、1時間半なのに50話分くらいを想像させられるようなストーリーにみえた。
一方でこの蒼月抄はというと、サブタイトルにある「-平家終焉の契り-」に忠実。忠実すぎるほどに。だから歌舞伎の演目みたい。歌舞伎にもこういう作品があるよね。
観客が平家物語や曽我兄弟ものの話を「知っている前提で」その名場面や、最後の場面のみを情感たっぷりに人気役者がみせる、役者をみるためのような、ワンシーンを見せたくてやるような芝居って。
今作は「花組で平家の終焉を描いてみたかった」というくらいに内容はシンプルだ。殺陣のシーンがたっぷりで、これがやりたかったんか?と思ったくらい。
もっと削って人間ドラマをみせてくれてもよかったのにそれをしなかったのは、作り手側に難しい問題があったからだと推察する。『それを入れたら宝塚歌劇のフォーマットにはまらない』とか『それをやったらテーマがぶれる』とか『時間が足りない』とか『予算』とか。
ヒロインとヒーローの出会いすらドラマがなく、気が付いたらでっかい子ができていて情緒がなかった。つまりそこを描く気はなかったってことで、やっぱり今作は闘って戦って散った平家の様子を描いたもので、「花組で平家終焉やってみました」という作品以外の何物でもないんだと思う。
私としては、コース料理と思って座っていたら定食が出てきた気分。おなかはいっぱいになりましたよ。