隣のヅカは青い

ヅカファン歴は30年ほど。しかし観劇デビゥは2019年から。それほど遠い宝塚についてのブログです。

静かにハイスピードで新陳代謝するタカラヅカ

8月、月組千秋楽以降入院していたので、ちょっと宝塚歌劇、観劇もお休みしていた。
元々予定していた、ちょっと炎症を起こしていたできもものを取る ていうような手術だったので私の入院自体は穏やかかつ平和なものだったけれども、大部屋あるあるというか、自分以外の患者さんがみんなより重い病気を患っているような感じがしてなんだか、何でも当たり前に思ってはいけないよな、などと、思ったり。

そうこうしているうちに、続々と新陳代謝が進んでいく歌劇団の顔ぶれ。
10月からは轟悠もいない。後々、大きく変化があった年として思い出されるのではないだろうか、宝塚歌劇の2020~2021。

花組、いよいよ本領発揮

制作発表をスカステでみた。美の暴力っていえばいいのかしら…。
私は、雪組若手時代から永久輝せあが気になっていた。花組へ行ってもなかなか目立つ役どころってほどでもなかったので、ここらでなにかで主演をやってほしいとも思う。
柚香光は誰が相手でもかまわないって感じのひと(に見える)ので、星風まどかがリミッター解除したような爆発をしてくれないかと思う。彼女はもう何をやったっていいと思う。
今回また中堅~ベテランが抜ける。当たり前のことではあるものの、中堅娘役って本当に難しいところなのかなあとも思う。先日観劇したとき、「花組の娘役ってこんなにかわいいのか!」とびっくりしたので、先輩娘役たちが元気な組でいて欲しいのだけれども。
今後の花組は、れいまどコンビをみて、まどかちゃんのキラキラをみて、永久輝せあはどこにいるのかをチェックするようになるだろうな、私。

月組、新体制楽しみだが

月城かなとは結構まっさらな印象が好印象。スカステを観る限り、ありちゃん(暁千星)に対するなんかバブみある態度とゆの(風間柚乃)に対するオラ味とが面白く、めちゃくちゃキレイな顔をしていながらも、「第二の、普通のサラリーマンができるトップスター」になれるのではとも思う。それがいいのかわからんけど…。
川霧は何事もなければ観られるはずなので、どうなるのか楽しみ。ここから月組が変なことでざわつかない組になればいい。でも昔っから月組って、「役者」が集まるからこそ「変」なんじゃないかとも思う。良くも悪くも。舞台がいいからいいんだ。
今後の月組は、トップが変わってどう変わるのかを確認したいし、二番手、3番目4番目あたりの序列を見守りたい。そして今後の娘役戦線についても要注目かなあ。

雪組はとりあえずシティハンター
ある意味反応が分かれている、温度感も二分しているようなシティハンターが好評上演中の雪組
シティハンターという演目を上演してくれるおかげで、今回私は新規の友人を観劇に誘うことができた。といってもコロナ禍なのでキャッキャ観に行くわけにもいかないのだけれど。
この演目がいつものタカラヅカぽくないということで出来は関係なく冷めているファンもいる様子。咲奈ちゃんは満を持してのトップ就任、きわちゃんは、棚ぼたなの?なんなのかよくわかんないけどよかったね就任。ふたりの相性はよいみたいなので何より。舞台上でめっちゃ発光する咲奈ちゃんがトップでまたどうなったのか確認しにいかないといけない。
あとここにソラカズキが合流するとなると、これは観なければと思う。
あとは~、今のところ私は、なぜ縣千が抜擢されているのか、まだ全然、彼女の魅力に気が付いていないので、そこも観てみなくてはと思う。ほんものの魔法使の際の犬の役では私に一切刺さらなかったので…(演目が苦手てのもあったけど…)。

星組は琴ちゃんと愛ちゃんの魅力バトル

愛月ひかるがこんなにも人気をつけて退団するとは、誰も思っていなかったろうなあ。
星組配属になった時点で予感はしていたけれども、非常に寂しくなる。愛月ひかるのスター性がギラギラになったのも、タイプの違う礼真琴舞空瞳コンビとの対比があってこそだったと私は感じている。スカステで愛月ひかるが語る、彼女の思うあるべき男役像の話はどれもうんうんそうだよねそれだよねって頷くことも多かった。カラーの違うトップと二番手というのはきっと、両方にとってよかったはず。愛ちゃん最後の舞台姿を見届けたいと思うし、ほんとスター性のことなる礼真琴との絡みをじっくり、見納めたい。
あとこれからの星組でみておきたいのが極美 慎。あの顔あの笑顔であの高身長。やっべービジュアルだなあといつも思っていたし、彼女に辛口な愛月ひかるの様子がすごくよくて、注目の子、ではあるのだけれども舞台姿で印象に残ったことがない。見逃しているみたいなのでチェックしたい。

宙組、どうなるのかしら宙組

宙組は、潤花ひとりぶっこんだところでマンネリ感は否めず。マカゼと桜木がコンビを組み芹香が敵側に回る構図も、なんか既視感バリバリで…。ソラカズキが抜けるの寂しい。けれどもスター大渋滞なので仕方なし。娘役がみんないいのは夢千鳥でもよくわかったし、宙組観に行くときは娘役ももっと活躍をみたい。あとルイマキセの歌をもっとききたい。
キキちゃんは一時期、ああもうこれからトップになるぞっていうギラ付きみたいなものがみえなくなってもう、別格路線のまま、スターの旬は過ぎていくのかなって感じたことがあった。
誠に勝手なことにそんな風に彼女の舞台をみて、プロ脇役にしかみえず、それはトップ路線を戦うものとしては違うのかなあ、仕方ないよね2番手長いし、なんて思っていた。勝手な感想である。
けれども、アナスタシアの東京公演最後の方だったかなあ、いやいや、全然そんな、そんなことないわ眩しいわと思いなおし…。ここ最近はもっと充実感が増しているようにみえるので、何かこう、この先ぼちぼち、あるのかな、動きが、なんて思わされる。全部気のせいかもしれませんけど!もうここは何でも来いってなトップなので、ガチャ回してんな―って感じで観たい。


この先はやっぱり2025年の体制に向けてガラッと、また変わっていくんでしょうねえ。今のメンバーがどこの組もいい感じに輝いているので、それがまた入れ替わっていくんだって思うとすでに寂しい。やっぱりタカラジェンヌは、タカラジェンヌでいるときが一番かがやいている。


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「かげきしょうじょ!」と「かげきしょうじょ!!」と「ライジング!」

今年、アニメ化もされてすっかり認知度のあがった「かげきしょうじょ!!」
私はこの漫画の黎明期からのファンであった。ただ最近はまったく推していない。

先が長そうなので…

こりゃあ、コミックス40巻越えもあるであろう、と感じて、「かげきしょうじょ!!」の連載を追いかけるのはちょっとやめてしまった。面白いけどね!
そんなに長いマンガを購入したくない、何年も追いたくない、できれば20巻以内で何とかしてほしい というのが私のわがままである。これはすべてのマンガに対してこう思う。
しかしいま「かげきしょうじょ!!」が連載しているのは、人気作品をとにかく長くかかせるでおなじみの白泉社……。
入団か初舞台くらいまでで終わるのかな?て気もしなくもないけど、いろんなキャラのエピソードが豊富な感じのマンガなわりに、主軸となるストーリーは、あらかじめ見えている一本道。
卒業、入団。入団しても宝塚歌劇をおおいにモデルにしている分、ヒロインが1年目で大きな抜擢を受けるとか、オーディションで勝ち抜くとかそういうマンガにはならないわけで、
そうすると、研○としてやっていくコツコツとした日々のなかでの群像劇(登場人物一人一人にスポットをあてていき全体の物語が展開)をこのままやり続けるのかしら?
どこで終わるのか、が結構難しいマンガなのでは、と思う。

ちなみに、群像劇のことを「グランドホテル方式」ともいうんだよね。あのグラホのことです。おもしろい。

「かげきしょうじょ!」との出会い

知人の漫画家さんがジャンプ系で連載していたため、その編集さんとなんどかご一緒することがあった。その方が「ジャンプ改(かい)」という雑誌に関わる人だった。
モダンで楽しい雑誌で、私は結構好きで、珍しくもずっと購読していた。そのなかでも看板になるほど面白さをどんどん発揮していって、誰の目にも力が有り余っているマンガにみえたのがこの「かげきしょうじょ!」であったと思う。
この「ジャンプ改」という雑誌はあまり長続きせず休刊となってしまったが、そこで連載していたマンガの多くは、連載終了ではなく、連載を引き継ぐ受け皿となる雑誌へ引越ししていった。
編集部の良心かな。
そして「かげきしょうじょ!」は、集英社の革新的ジャンプ系雑誌から、少女漫画の花、白泉社へもらわれていった。
実際、当時連載を読んでいても雑誌がマイナー過ぎて話題にならないだけで、「これ白泉社あたりにいったらめっちゃ人気でそう」て自分でも思っていた。案の定であった。

ジャンプ改連載分が、「シーズンゼロ」としてコミックスになっている分。白泉社での連載から1巻~で続いている。
シーズンゼロ分は、ヒロインのひとり、元集団アイドル出身のクールな女の子のエピソード(あんまり明るくない話)がメインになっている。読んでも読まなくてもいいけれど、このシーズンゼロあっての白泉社版。

白泉社にお引越ししてタイトルが「かげきしょうじょ!!」となった。!がひとつ増えたの。
集英社にとっては無念であろうが作品にとっては、白泉社に引っ越したことでスムーズに人気がでた。

ライジング!」を知っているか

「かげきしょうじょ!」を初めて読んだときの私の印象は「なんだ宮苑か」であった。宮苑とは、マンガ「ライジング!」の舞台となる「宮苑歌劇団」のことで、宝塚歌劇をモデルにした漫画といえば、「ライジング!」がまず思い浮かぶ。
氷室冴子先生が原作、藤田和子先生が作画という。私の世代の女子であったものならみんな知ってるでしょなコンビで、もう20年以上前に読んだきりなのによく覚えている。
氷室冴子先生といえば有名なヅカファン。しかし「ライジング!」は宝塚歌劇をモデルにしつつも、おそらくあえて宝塚歌劇とは違う設定や仕組みをたくさん取り入れて現実の宝塚歌劇とは程よい距離を作ったうえで、創造したキャラクタたちを動かしたあたり、作者がファンだからこそあえてそうしたのかなと思う。

ライジング!」の主人公は、ダンスがしたいだけで、少女歌劇のことも「宮苑歌劇団」のことも何も知らずに受験して入ってきた、というタイプのキャラ。そのため色々型破りであり、この「型破り」がテーマにもなる。恩師となる人物が「宮苑歌劇団」の枠を破りたい、娘役トップスターを作りたいという野望を持っており、主人公はそこに向かっていくが、という内容。

特に印象的だったシーンとして、人気スターとなったものの、舞台人としてちょっと迷いが出始めていたころの主人公、舞台に登場したシーンで客席から拍手をもらい内心ホッとする。
しかし、友人であり舞台人としてライバルでもあった娘役が登場しているシーンの客席の反応を見て、自分とは違うことにハッとする。
自分への拍手は文字通り「自分への拍手」であって、あの娘役の子の舞台シーンでの客席の拍手や涙は、芝居に感動してのことだったという事実に気が付き、「宮苑のスターである自分が舞台に出ればなんであっても拍手が来る、客がくる」ということと「舞台人として役者として芝居そのものが評価される・芝居を見てもらえる」ということのギャップに悩む という場面。

もうひとつが、主人公が「宮苑歌劇団」を飛び出した後、外部舞台のオーディションに参加する。得意のタップダンスを披露するものの、結果は伴わない。自分が一番、オーディションで目立ち、内容もよかったはずなのに役がもらえないという現実に直面し、ショービジネスの厳しさを知る という場面。

なんというか、どちらも今思い返しても、普遍的なシーンなのでは?と感じてしまう。

確か、私がこの「ライジング!」を読んだ時点で「古いマンガ」だった。いつのものか調べてみると、連載時期が「1981年から1984年」とあるからかなりのもの。
大地真央がトップ時代に連載されていたマンガよ。

「かげきしょじょ!!」の進む先は

「かげきしょうじょ!!」は現在11巻まで出ているのかな。ここまでは購入しているけれども、アニメ化したものは、私は観るのをやめた。アニメで観るにはメイン主人公「渡辺さらさ」は、うざいだろうとおもったから笑。
「かげきしょうじょ!!」の物語はいまのところ、ほとんど音楽学校の生徒としてのキャラクタたちの物語で進んでいるが、授業とか音校生活そのものが深堀りされるってほどでもない。コミックスは大体、本編+番外編1本で構成されており、この番外編は脇役だったり、歌劇団を目指すとある少女を描いていたりと、まさに群像芝居。
メイン主人公はふたり。「渡辺さらさ」と「奈良田愛」。タイプの違う少女で、渡辺さらさはドラゴンボール孫悟空タイプ、奈良田愛はドラゴンボールでいうピッコロ、みたいな…。

「渡辺さらさ」のほうは出自は複雑なものの天衣無縫系で大きな才能と大きな欠陥があるな~ってタイプ。「奈良田愛」のほうは元集団アイドル出身でタレント性抜群だけど人間力に乏しいが、目覚めたらいけんじゃねってタイプ。どちらも学年の優等生というわけではない。とにかく優等生の成績一番の委員長系や、きっといい舞台人になったろうに家の商売が失敗して学校を去るものなど、様々な少女がでてくるし、とにかく青春って感じ。

すすめる?すすめない?

宝塚歌劇に対して真面目なファンには、マンガは勧めないかな。「ん~。今どきオスカル様になりたいっていわれても…」とモヤってしまう人もいると思う。
タカラヅカがモデル?タカラヅカ風味があるならおもしろそ~!と、なんでもオッケーなタイプの人ならきっと面白いのではと思う。
マンガとしては「ライジング!」のほうがはるかに大人っぽい(昔の少女漫画はなんでもかんでも、精神年齢高いよね)。「かげきしょじょ!!」はとっても洗練されて絵もきれいだしマンガとしてとても高品質。
タカラヅカがモデルとなれば、ちょいちょい出てくる演技力を見せる場面だけ描いても仕方がない。そもそも男役・娘役については全然まだ描かれてないので、主人公たちの男役・娘役が決まっていくところから、そういう男役づくり、娘役づくりのエピソードもみられるのかな?まだそういうのが全然なので、これからかな?
でも、とにかく主人公の生まれ育ちに起因する脇エピソードもてんこ盛りっぽいので、「タカラヅカをモデルにしたジェンヌなる少女たちのマンガ」感は、まだまだうっすい。

宝塚歌劇そのものをモデルにした漫画はもっと色々、ちょいちょい調べると出てくるけれども、実はマンガにしづらいものだと思う。
というのも、モデルとなるタカラヅカに敬意を払って、誤解を生まないよう設定を忠実にマンガに持ってこようとすると、マンガ的なドラマに乏しくなってしまうからだと思われる。

だって現実のタカラヅカでの、御曹司!とか抜擢!とか研1で新公ヒロインとか なんかもう充分ドラマチックなわけで。タカラヅカをモデルにするなら本当のところ「研20のトップスター」みたいな方がはるかにドラマチックであるが、世の中のドラマチックの基準が「新人が早期抜擢」「素人だったのに主演」とかそういうガラスの仮面的な展開を望むわけで。
その逆のほうがよっぽど感動的なものがあるタカラヅカを題材にして、特別な才能を持ったスターを描こうにも、取材すればするほど作者にとっては実に窮屈なことになるのではと思う。

「若い子が凄いのがすごい」信仰があることに、こんなところで気が付く。



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抜擢組の半分

月組千秋楽からはや数週間。
よい公演でした。その後のざわざわも月組らしくてよし。とにもかくにもこの時代によく幕をおろした。えらい。
残念だったのは、ファンの中に、舞台も配信も観ずにSNSとダイジェスト映像のみでSNS上で意見ばらまいていた人たち。それはどうかと思う。

HDD内の録画可能残量が気になったので、ちょっとしたスカステの番組などもいつまでも取っておいても仕方あるまいと整理しまくった。

しょうもないことに気づく

HDD内にないものも含め、再放送もあるここ10年内くらいのスカステ番組や、wowowの番組も含め、手元に保存していた色々なジェンヌたちの番組などを整理整頓しはじめたところ、なんとはなしに、残酷か情が深いかはわからんけれども、よい役に抜擢を受けるジェンヌの半分は数年内に辞めていくなあ などと思った。

誰と名前を挙げることでもないのだけれど、記憶に新しい5年くらい前の舞台映像をみて、ああいいなとか、あ、こんな子いたなという、目立つ脇役陣に注目すると、一人二人は今も残っているかもしれないが、大体はもういないの。

青春だからしかたない

舞台に身をささげるという生き方自体、難しいものだ。タカラジェンヌとファンの距離は近いから忘れがちだけれども、タカラジェンヌという生き物は基本的にエンタメ界のエリートたちである。だからあれほど保護され優遇された舞台環境に立つことができる(それでもトレーナーやマネジメントなど足りないことも山ほどあるが)。
いま光っているスターさんたちをみたら応援しかないが、スポーツマン、アスリートと変わらぬ彼女たちが、それぞれ決めた時期にタカラジェンヌを「引退」していくのは当然のことで、その「引退」が「退団公演」をひっさげての大イベントとなるのは各組一時代にたったひとりのトップスターのみ。それ以外の毎年約40人弱は、ファンの記憶に焼き付いているとはいえ、何年も宝塚歌劇をみていると「ああそういえば卒業したっけね」と大きな流れのなかについ埋もれがちになってしまう。少し前の舞台をみると、ああもうみんな卒業しているんだなあ などと感慨にふけるのも、タカラヅカの面白味の一つであると思う。

半分と感じたのには

大体、6年7年くらい前の舞台の映像を観ていたときだったかにふと思ったことなので、しょうもない偏見である。
主演、2番目~5番目に大きい役 までを務めるジェンヌは、そのなかに専科が一人くらい混じってたりもするが、トップとトップ候補組で固められているようなものだ。しかしここから一人か二人は数年後に卒業してたりする。
脇役だが目立つ役が5つくらいあったとして、そこに抜擢された一番若手の子を除けば、そこから3人くらいは卒業していて、1人2人は上級生として活躍していて。抜擢されていた若手は御曹司と呼ばれていたりして。
数年前、ダンスメインの場面を任されてた若手~中堅数人、なんてのは、その公演で卒業する子が高確率で抜擢されていて…。
こんな風に「ちょっと前の舞台映像」を観ると目立つ役の半分くらいは、もういないのだ。抜擢とはそういう選抜でもあるのかと思うと、なんと厳しい世界かと思う。

外部では

一般的な劇団や、駆け出しの声優などは若手・新人の頃は生活のためにダブルワーク当たり前であるし、役が付かないうちはバイト三昧であるし、役が付いたらついたで、その役はわずか数週間・数か月の役割なので、先々の予定の不透明さはベテランでも変わらないという世界。
数年前からお付き合いのある舞台女優さんが、このコロナ禍で舞台の仕事がストップしてしまい、その間はご本人がお持ちの資格でインストラクター業をされていた。
それが数か月前から、ぼちぼち舞台の仕事がかえってきたようで、お稽古しているよ、とか今度公演が、という嬉しい連絡がまたやってくるようになった。

しかしいままた、タカラヅカ以外の舞台は中止のニュースが目立っている。
クラスター発生の有無、そのリスクの有無で決まるのかなと想像するけれど…、シンプルに「舞台で食っていける世界」が存続することを願うばかり。

本日は雪組お披露目 東京公演の先着日であった。昼過ぎにみるとまだチケットに余裕があり、友人を誘って、チケットを購入して、ということができた。
ますます人が動けなくなってきているのかな、と感じる。







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どこを観るかという話

SS席がすべての観客にとって絶対いいかというと、そういうことでもないらしい。
人によっては2階席センターブロックあたりの前方で、とにかく俯瞰して観たい人もいれば、多少観づらくても金額との折り合い第一で、安い席が満足度高いという人もいるし、好きな役者の立ち位置の都合で上手より、下手よりどちらかに寄りたい人もいるし、どこでもいいやって人もいる。

私は断然SS席がいい派

私は断然、舞台が近くて観やすいSS席がいい(当たらないけど)。
というのも、私は役者の顔の表情をよく観たい気持ちが強いので、できるだけ舞台に近いところで観たい。視力が悪いので、眼鏡だと後方席ではなかなか観づらく、オペラグラスの場合、メガネの着脱(私の使用しているものは裸眼でピントが合うオペラ)がせわしないので、ある程度近いとありがたい。

一階14列目あたりからだと、視界よしオペラグラスよし。
一階20列目あたりでもまあいいけど細かい表情はあんまり見えなくなる。

ただSS席2列目に座った時は、そりゃあトップスターの奥歯もみえるんだけれども、そのかわり、70余名がうわっと並んだ迫力の全体像というのは、近すぎて霞む。

あと興奮して瞳孔が開いた状態での観劇となる為、SS席は記憶に残りづらいのも難点。

宝塚の2階席は楽しい

ムラで一回、東京でも一回かな?2階席で観劇したときの思い出は、
「よく観えるしジェンヌさんたちが気を付けて目線くれるし楽しい」
だった。
友会頼みの私のチケはほぼ一階席の10番台半ば以降の列のことがほとんどで、このあたりはなんというか、観やすさは平均的なんだけれども、全てのジェンヌの目線が素通りするエリアである。

タカラジェンヌたちが視線を投げるのは必ず
・最前列エリア
・一階後方
・2階席
・関係者の席
に限られている(と私は感じる)。

たとえ最前列エリアに座っても、ほとんどのジェンヌさんは常に動いているので、ふんわり撫でていくように視線を撒いているといつも感じる。

例外もある

宙組のエルハポンとアクアヴィーテのとき、私はSS席2列目くらいだったか。
あのときは、自分の顔に何かついてるのかと疑うほど、トップスター真風涼帆がしっかりとこれでもかと銀橋でてくるたびに何度もこちらの目を見てくれるので、もうそれしか覚えてないってくらいになった。
他のスターさんたちはニコニコさあっと過ぎるのにね。流石。

あと月組の暁千星。外箱公演と本公演で舞台にかなり近い席に座れたとき、暁千星はこちらの視線にすぐ感づくというか。
ありちゃんをじっと観てると、スッと、チラッと見返してくるような感じがあって。大体のジェンヌさんは、基本的に舞台上で観客という全体を観ても個を観ることはないと思うのだけれど、
ありちゃんは色々めざといというのか視界が広い人なのかなと感じた。勝手に感じただけなんだけど。
ありちゃんの視線キャッチ力はアイドル的だわぁといつも感じる。

舞台全体

月組の桜嵐記とDC観劇の際、ムラで2階席に座ってはじめて、DCのオープニング、舞台全体のさらに周辺を、宇宙って感じの虹色の照明が投影されていることに気がついて、とても美しく大きくてため息がでた。
この演出の全体像が観られたのは2階席のみであった。

タカラヅカは開演5分前に幕撮影タイムがはじまる。ここでどんなものを見せるかってのは結構、これからはじまる舞台のテーマが色濃く反映されているのでは?と思う。
桜嵐記では、2階席から全体を見てはじめて、絵巻物をみているかのような紙芝居を観ているかのような舞台のふちどりの飾りの効果に気がついた。

一方、歌舞伎は

歌舞伎座では9月の第三部(歌舞伎はコロナ以降、通年1日三部に分かれた上演となった)にて東海道四谷怪談坂東玉三郎片岡仁左衛門のコンビで上演される。
発表時からファンがどよめいた演目・キャストで、チケットはほぼない。
一般でようやく取られるチケットは、2階一等席という「高くて観づらい席」しかなかった。

私はぐぬぬとなりながらも、高くて観づらい2階席の上手寄りブロックで僅かに残っているチケットを一枚購入した。15000円。あの席では多分花道は、ほぼみえないだろうなぁ…
千鳥配置での販売なので、少しは視界が広いはずだが。

私は20代のころ歌舞伎座に通った。
あの劇場は曲者で、値段と見やすさが全くと言っていいほど伴わない。4000円程度でめちゃくちゃ観やすいいい席と、15000円でも歌舞伎の醍醐味である花道が一切見えない席があるという魔窟である。

どうもその数々の失敗経験から、「一階の前の方がいいや」という価値観を持つことになったのかもしれない。

小劇場なら絶対、1番後ろの方がいいんだけれどね。後ろでも近いから全体も観やすいし。

いずれの場合でも、私はいつも劇場で注目しているのは役者。その顔・表情になる。
細かいのはみえなくとも芝居全体を後ろの席でみて100パーセント楽しめる領域には、なかなか辿り着けない。



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劇場版『桜嵐記』

東京にやってきた月組桜嵐記が、宝塚大劇場版とどう違うのか、その印象を考えてみると、
ムラがテレビシリーズ、東宝が劇場版
そんな感じ。

うん、そんな感じ。



これは私の観劇の記録

あくまでいち観客であった自分の受けた印象なので、あいまいでありあやふやかもしれないが、上田久美子先生は観客に演出意図を正しく伝える努力や配慮を大変きっちりとなさる方だと感じている。つまり演出家としてただきれいに舞台をつくるんではなく、そもそも舞台芸術って何のためじゃッてことを考えて仕事しているのね。観客に伝わらなかったら意味がないわけで。
それでもバカな誤解をする客はいる。あらゆるジャンルでそれはいる。あるミステリ作家が「作品をどう受け取るかは読者にゆだねるが、明らかな誤読をされないよう編集・作家・校正は仕事をする。しかしそれでも、たとえば夜の訪れを表現するのに『太陽は眠りについた』と表現したものを、読者からの手紙に「太陽は動物みたいに寝ませんよ」と返事が来るようなことは常にある」という経験談(細かい比喩はニュアンス)を語っていた文章を思い出す。観劇者、読者ともに教養は必要で、いちばんごまかしやすい異世界ファンタジーを舞台にでもすれば多少ゆるい設定でも、作者側・観劇者/読者側双方にまかり通るかもしれないが、ウエクミ先生はフライングサパでいかなる設定にもぬるくないことを既に実証済み。
で、やはりどんなジャンルの作品であっても、一番難しいのが史実をもとにした歴史物語であると思う。こと南北朝は、資料も限られているうえに観劇者たちと共有できる、その時代の一般常識のラインもないときている。そのうえで、時代の表現、人々の生きざま、キャラクタ、舞台装置に効果と、観れば観るほど圧倒されるような仕上がりのオリジナル舞台をつくりあげた宝塚歌劇は本当に日本一の組織と思う。

7月も観みていた

東京の初日から何日も経っていないある日、私は最初の東京公演を観ていた。その前の観劇はムラのアフロ回であったので千秋楽直前。それから2週間ちょい。東京のお稽古を経てのお芝居は、なんだかまるで別モノにみえた。
彩度がぐっと上がって、輪郭がはっきりした と思った。どこがどうといえばいいのか…。情緒的でもあった、感情にまかせて流れていた部分がもういちど型にはまった、というか。「あれ?なんか全然違うぞ?同じだけど」というものが確かにあった。ただ細かい違いに関する言語化が私には難しかったので印象のみになってしまうのがもどかしいが、演出意図を変えたとかいうことではなく、お化粧直しとか、帯しめなおしとか、そういう「整えた」感じかしら。

で、やっと8月もみた

なんだろう?何が違ったのかすぐに見直したい!と思えどチケットはなく、私が友会で取れていたもう一枚は、大千秋楽週の回。もう公演数残り僅かというところなので、またなにか変化が起こっているのではと思い、どんなだろう?と思っていざ幕が開いたら、まず声がでかい(笑)。
音響…?いや真相はわからんけれども、そんなに常に声をお張りになってたかしら?と喉を心配するくらい、びんびんに元気というかなんか勢いを増していたというか。
そして桜嵐記前半がとくに、間合いが変わっていたように思う。これは演出の調整かなあ。テンポが速くなっていたと感じた。芝居が走っているんではなく、前半の全体の間合いが縮んでいたというか。逆にこの日の楠木正成の最後の独唱はゆっくりに感じた。
実際に、ちょうどキャトルレーヴオンラインさんから届いていた桜嵐記のDVDを視聴して、この収録版は宝塚大劇場版だからそんな違う違うと思っているところの差がわかるじゃないの、と観てみた。

演出ってすごいという話

朝からDVD版桜嵐記を視聴するなんてことしてみてやっぱり泣いたりしてみたところ、想像していたよりも芝居全体の印象は先日の観劇とそう変わらなかった。確かなものは同じであるし、この作品の大事なものは全部DVDに映っていた。先日東京で観劇した桜嵐記はたしかに、このDVDに収録されているものと同じであった。
とっても面白い。舞台は生ものであるからその日その日の役者のテンションや役者同士の呼吸など、毎日違うものではあるだろう。そして何より真ん中の珠城りょうが「毎日が千秋楽」と思っていつ終わっても悔いのないよう努めていることは公言されている通りで、いつも最高の出来。本当に丁寧で舞台に対して真面目で、これは誰にもかなわないことであると思う。

劇場でたびたび目撃されるたびにノートにあれこれ書き込んでいるといわれるウエクミ先生は、細かい演技指導、調整をされとるんだろうなあと感じる。それは個も場面も「よくなっている」と客席の片隅のいち観客である自分にも伝わってきたから。
湯殿チームのテンポ、大根ぶったぎり場面の次男&ももすけの間合い、そのすぐ後の、弁内侍 楠木の戦のやり方を目の当たりにして動揺しちゃったのせりふ回し、水、どお?からの正行アドリブと弟ぶーの場面、百合が戻ってきた夫に駆け寄る場面、後醍醐天皇わし死んでないからの息苦しい邂逅…
すべて微調整されていると思う。演出は同じのまま、全体的に様式美をより際立たせたかのように、感情にまみれて芝居すりゃいいてもんじゃないという気概を見せつけられたかのような。芝居の月組の真骨頂がこの桜嵐記であることは間違いないが、とにかくその完成度が数値にできるのならば、1点でもより高くなるように絶対に手を抜かないという意思を感じた。

美しいということ

宝塚の舞台において、美しさに泣けてくるというのは最高のことではないかと思う。8月の観劇は私が、劇場で月組の珠城りょう&美園さくらと、珠城りょうの月組を観る最後の機会になったのだけれども、四条畷の戦い、舞台中央奥のせりから、真っ赤な戦場の舞台へ現れる楠木正行(珠城りょう)の姿のなんと美しかったことか。
あのシーンは全部が最高でうおおおおとなるところだが、にしてもあそこで泣いたのははじめてのことだった。とってもきれいだった。

弁内侍を演じる美園さくらは語尾がちょっと上がる響きを持たせる癖があって、和物の時代物のお姫様には言葉がさがらなくてよいのだけれども、ひゅんっと上がってクエスチョンが付いているようなおかしなことになってはいけない。以前どの回かで観劇した際はこのせりふ回しがひどく気になったが、DVDに収録されているもの、そしてこの日の観劇のときはまた違っていたので、やはり色々と研究しているのかなと感じた。ジンベエを演じる千海華蘭の演技・台詞もそういえば微妙に変わっていた。ジンベエは何度も流れをぶった切るような、武士社会の物語のなかでは異質な存在としてチョロチョロするわけだけれども、この加減が最もいい塩梅になっていたと思う。基本的に「よかったのにさらに良くなったことでよさに気づく」みたいなことの連続。
この変化について偉そうな言い回しをしてしまうと、いずれも役とか存在により説得力が増したというか。
頭の悪い言い回しになおすと、いままで完璧だと思ってたかつ丼一味唐辛子振ったらうっそ奇跡の完全食になったと感じたとき、みたいな(わからない)。

限りを知るという

この舞台を観てファンは、やめないで~と駄々こねたくなるだろうが、舞台からのメッセージをきちんと受け取るならばやはり、惜しみつつも涙とともに「あっぱれ」と拍手を送り見送ることだろうと思う。本当に最後の最後まで、真に美しいお芝居だった。月組トップスター珠城りょうの退団公演、私は生涯忘れない。












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配信でSPEROした話

東宝版、月組桜嵐記を観劇した感想のまえに、望海風斗コンサートの感想をさっくりまとめておく。

9月末に観劇予定でありながら配信があることも知らず、あんまり熱心に情報を追いかけていなかった。ヅカ生観劇にひっぱりこまれたのはだいもんの歌声がきっかけだったのに、やっぱりOGになってしまうとこうも温度が下がるのか。はて。
というか普通に日常が忙しいし…、ワクチン接種だ通院だで日常を生きていると、自分にとっての非日常=観劇の世界につかっているわけにもいかない。
ヅカとそれ以外と、やっぱりOGとはいえ趣がことなるので、2つの趣味を持つように、自分に対する受け入れ方が変わる。そしてそんなに引き出しは多くないわけで、SPERO配信の存在を知ったのは開幕30分を切ってからだったけれども、楽天と違って開幕後30分まで販売しているぴあでよかった(配信~購入~配信視聴システムは楽天のほうが好きだけれど…)。

エリザコンを思い出す

梅芸のあの舞台の感じ、導線が似ていたなー。
最も効率がいい配置っぽいよね。そしてダンサー多いのに驚く(…ナンデ?)。あ、いやいいんですけど…。

なんで歌メインのコンサートって、概念みたいなダンサー出てくるんでしょうね

歌唱力抜群の望海風斗さんですから何の心配もしていなかったんだけれども、wowowの副音声スペシャルの際のフリートークで、「毎日気が付くと歌っている」と、宝塚歌劇を卒業して多忙なる稽古と本番の日常から離れた真彩希帆ちゃんがまるでその忙しさを懐かしむように、毎日のんびり過ごしながらもひたすら歌っている様子を紹介すると、望海風斗は「自分は歌わないようにしている」といったんですよね。男役の発声がもどってきちゃいそうで、今その癖を取り払っているところだと。
そして、今までいかに無理して歌っていたか実感しているようなことを(ニュアンスです)語っていたのが印象に残っていたけれど…

コンサート冒頭の2曲でなるほど、と思った。

わかっていたはずなのにわかっていなかった美声に戸惑う

望海風斗は今までとうたい方を変え、本来の、本来のご自分の身体にしっくりくる声を披露していました。それのなんとぞわぞわすることか(※不快という意味ではない)。
彼女が(知ってはいたけれど)とっても女らしい歌声で歌うともう、くらくらする。ギャップに。私はいままで一度も、どんな男役のジェンヌでも男に見えたことはないし、疑似恋愛感情を持ったこともないのだけれど、いつみても脱皮にはくらくらする。
途中タカラヅカ時代の曲の際には、急に元気に歌い慣れたパフォーマンスを見せてくれたので、ああ、本当に同じ歌うといっても全然やっていることが違うんだなあと感じた。

ラミンさん

みんな大好き大人気ラミン・カミムルー。私は一切ですね、こう、知らないというか!興味の範囲外なのでね、へえ、この人が~と思った。
さすがにお声や歌っている姿は過去に映像で見たことがあるけれども思い入れはなく…上半身ムッキムキやないかーい、ていうのがファーストインプレッションでした。
そしてとてもプロ意識の高い人だなあと。とっても親切な方でしたね。
終始、ふわふわしているだいもんが言葉全然出てこなくなっているもんだから、少々ハラハラした笑。
あこがれの人と一緒に歌えるってすごい。相手は世界的な歌手。彼女のこの日までの努力が実った瞬間に立ち会えて、なんだか貴重な場面をありがとう、という気分。

ただ本当にスペシャルダンサーの雑な英会話と、受けを狙ったのか知らんけど少々失礼な、そしてデリケートな発音の指摘なんて余計なネタをぶちこんだダンサーさんには白けた。
英語ができるとか、そういうことではなく、海外ゲストには必ず本業の通訳を通すべきです。
あれは座長としての望海風斗の課題と思いました。こなれた外部のダンサーとかミュージシャンのノリに自分のステージを預けてはいけない。

情熱の行方

wowowの番組でも「ただ生きてます」と近況を話していた望海風斗。彼女の情熱や夢がすべて詰まっていた宝塚歌劇を卒業してから、その後の芸能活動は飯のタネにはなるだろうけれども(生活のためにも働かねばならないだろうけれども)、彼女は燃え尽き症候群になりはしないかしら、とちょっと思っていた。
実際、この歌声は「余生」みたいな歌かな、と序盤思った。彼女は残り一生こういう舞台を続けて生きるのかな?とか…。いつか芸能活動50周年とかでもこういう舞台をやるんかな、と…。
そしてそれを自分は細々とみていくのかなあ、と(芸能生活50周年目はみれんかもしれんが…)、なんか遠い未来に思いをはせちゃったりして。
モニタ越しに眺める遠くにいる一人のファンの自分には推し量れないけれども、つまり、こういうステージがだいもんの幸せだったりやりたいことであったらいいなあとは思う。
ただ、まだまだ、とにかくまっさらな印象を受けた。

美しい歌声

後半、愛らしいピンクの衣装の上着を脱いで、きれいな背中と華奢な二の腕を披露してましたが、いつみてもジェンヌ・元ジェンヌの二の腕は華奢なものよ。
だいもんの腕、先日のスペシャルで披露してた舞空瞳ちゃんより細かったよね(※筋肉の差)。
みんなあんな風に華奢な身体に燕尾服着て変身しているんだなあ、とちょっと、いますべきじゃない感動とかもしつつ、時間はあっという間に過ぎた。

この配信日のだいもんはラミンさんの存在でふわふわしっぱなしだったけれど、私は新しい望海風斗にふわふわしっぱなしだった。
生観劇できる日にはまたどんな風に見えるのかしっかり確認してくる。



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退団と卒業

星組集合日だったのか。
ファンにとってはまた、立ったり座ったりする日になったことだろう。
星組にとっては中堅が抜けることで若返るのか?そんな感じの発表と受け取った。

卒業生とその同期

紫月 音寧(92期)研16 → 千海華蘭、鳳月杏、真風涼帆
夢妃 杏瑠(93期)研15 → 彩風咲奈、芹香斗亜
愛月 ひかる(93期)研15 → 上に同じ
漣 レイラ(94期)研14 → 珠城りょう、久城あす
彩葉 玲央(97期)研11 → 永久輝せあ、海乃美月、留依蒔世
湊 璃飛(98期)研10 → 暁千星、綾凰華、瑠風輝
澄華 あまね(102期)研6 → 舞空瞳、潤花

信頼の中堅

ざっくりと、この期ならこの子という、自分にとって名前と顔と舞台姿が一致するジェンヌの名前をピックアップしてみた。

研14より上は、務める役の大小以上に舞台に安定感と質をもたらすベテラン層だとすると、
星組は、礼真琴(95期 研13)より上級生が

美稀千種(79期 研31)
白妙なつ(90機 研18)
天寿光希、音波みのり、大輝真琴(91期 研17)
輝咲玲央(92期 研16)

と、さっくり6人と心細くなる…

いや…

よく見てみると…
この卒業で、やっと他組と同じバランスになるのね。なんという。
他の組はトップの上級生が大体、4〜8人くらいか。
まあ宙組が、マカゼがもうだいぶ上級生で美風副組長が花組に異動するから3人になるのか。

花組星組はトップが若いから、と思いきや、花組は7人、美風副組長いれてやっと8人。
月組は、時期トップ月城かなとに交代してトップが若返っても上級生が5人。10人いた星組はやっぱり大所帯だったということになる。

これは基本的に低学年ほど在籍人数が多く、大体同じくらいの人数になるから、差が出るのは上級生の人数次第、というざっくりとした考え方によるもの。

卒業は個々の生徒次第とはいえ全体的に一定のバランスを保とうという力が働くのかなと思う(ここでいう力とは概念)。宝塚歌劇ホメオスタシスみたいな。

みんなに愛されたひとたち

で、愛ちゃん。愛月ひかる。
私は、彼女はなんかずっとマイペースに、在団し続けるのかなってちょっと思ってた。
宝塚愛が強くて、なんかそのときそのときの与えられる課題を、自己肯定して望んでいるような人ではないかと。

私の中で愛ちゃんに好感度が増したのはやっぱり、2016年のスカステ年末年始特番。92期と93期でわちゃわちゃすごろくゲームをやって、愛月ひかるはしっかり爪痕を残した。
マカゼとのコントのような寸劇は本当に面白かった。

芝居の方は、私はあの頃、1人くどいのがいるなぁと、そんな感想持っていた。アクが強いというか、濃ゆいというか。好悪に関係なく記憶に残るジェンヌだった。だから、その後異動したあとそのまま専科で卒業されるのかとちょっと思っていた。

愛月ひかるはやっぱり容姿が華やかなスターで、それはいま星組の2番手位置に立つようになってから益々、なんと得難いスターかと思った。

時と運と良し悪しと

愛月ひかるは、研3で新人公演初主演。そこから4度主演して、ルキーニもやって、バウ主演も東上もして、でもトップにはならなかった。
巡り合わせやタイミングもあったろう。
ただ、劇団が95期に早々に舵取りしたことも影響したと思う。

いつだって、特別な演目とか、特別に速やかに上にあげたいジェンヌが出てくるとか、そういうことがあると、順当にあがれなくなるジェンヌが大量発生するもの。まあ、順当てなんだよと興行主は思っているのかも。
ファンはつい、順番があるものと勝手に勘違いしてしまう。

彼女の魅力

愛月ひかるの魅力が客席の私にダイレクトに響いたのは、星組で礼真琴主演舞台に参加してからだった。
なぜか愛月ひかるが登場すると、とたんに舞台が面白くなったのだ。
ああ、パーフェクトな礼真琴にも持ってないものがある、それを愛月ひかるは持っている。そう感じて、なんと相性のよい組み合わせかと思った。

星組の愛ちゃんは誰の目にも益々よく見えたのは間違いなかったと思う。彼女の人気は確実に、星組に来てからあがったと思う…!

礼真琴は案外長期ではないのでは、と思うことがあったので、もしや愛月ひかるがトップになることもあるのか?と考えたこともあった。しかしこればかりはわからない。

華々しく扱いが良くなった「2番」

先日、瀬戸かずやが愛されて賑やかに卒業していったが、それは想像以上に厚い待遇で手厚く卒業させてもらってたな、と感じた。

なのでかえって「これは、各組の番手上位にいる路線上級生はみんなこんな感じで卒業するよーの、見本なのでは」と思わされた。
頭によぎった人、私だけじゃないと思う…。

その第二弾が愛月ひかるなのだなと…

トップという役割はその性質上どうしても限られる。でも人気を支え舞台を彩り仲間の精神的支柱にもなり、というトップ以外の上級生スターは、もっと大々的におめでたく卒業していい。

番手にこだわるひとも

でもどう言葉を尽くしたところで、番手切りという表現を自ら使用して怒り傷つくファンもいる。
しかし公式は一切そうは思わないものだと私は感じている。
宝塚歌劇団はなんといってもお金大好き関西企業。
そして退団公演で稼ぐタカラヅカである。その稼ぎチャンスを、トップの卒業に限ることはない、と考えたのでは…
そういうことではなかろうか。

今後も、同時期に期の近い3人くらいの人気スターが育ったら、あえていちばん期の若いのを上にあげて上級生2番手構造でファンをヤキモキさせながら引っ張る、というこの判官贔屓商法を使ってくるんじゃないかと、ちょっと思ったりした。

祝いたい

すべてのタカラジェンヌが、青春のすべてを賭けた日々に終わりを告げるその日を、私は心から拍手しておめでとうといいたい。タカラヅカほど恵まれたとんでもない劇団はない。
私は自分の青春の全てを何かに注ぎ込んでひたすら努力などしなかった。できなかった。
だからそれを成し遂げたすべてのジェンヌを尊敬している。



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