隣のヅカは青い

ヅカファン歴は30年ほど。しかし観劇デビゥは2019年から。それほど遠い宝塚についてのブログです。

夢千鳥がすべてを攫っていった

本当だったら、はじめてのバウ観劇で、3列目で、この舞台を震えながら観られたはずだった。
こんな舞台を作り上げて準備して、公演の機会を奪われた当事者たちの思いを考えると、自分などが悔しがるのもはばかれるほど、残酷なことだと、あらためて感じた。

ディレイ配信で視聴が可能となったことで、配信なしバウ公演で悔し涙を流した多くの人が、結果的にこのタイミングで視聴できたことは不幸中の幸い。
理想的な形態ではなかったにせよ、現状でできる最高のかたちでの、配信観劇。ありがたい。
あくまでディレイ配信で、ライブ配信ではなかったのは宝塚歌劇の序列基準なのかな。厳格だね。まあ一般的にで「ディレイ配信」といわれるものは期間限定で何度でも視聴可能な配信のことなんだけど…。ヅカは一回のみである。

冒頭から

しびれた。
たった数日の通常公演ですでに評判が高く、とくにデビューした「作・演出/栗田 優香 」への高い評価、絶賛といえる評価によって、否が応でも期待が高まった。
幕があけてみたら、大劇場一本モノを作りあげる意気込みでこれを積み上げたことがわかる、フィナーレまでのしっかりした作り。よくよく考えた場面転換や前後する時代の切り替えなどとても鮮やかで、研究熱心な、素晴らしい演出家・作家がデビューしたものだと感じ入った。

とはいえ、物語のラストは弱く、急に宝塚的というか、漫画のページ数の都合というか、あのドロドロの展開から、違和感を感じるほどの割り切りへ。
懲りない男の女への期待と落胆の物語から、愛というものへの解釈更新によって、あの性癖は浄化されるものではないと思ったが。キレイにまとめすぎかなあとも思った。
あ、私が勝手に思っただけなので。

それほど、他万喜と夢二とのラストシーン、白澤と礼奈のラストシーンが、最近みたガラコンのラストみたいで、二人寄り添い遠くを見つめる様子は客の目を気にした結果の演出に過ぎず。この人達の関係性の結末があんなことではないはずでは?ていうことをここまで1時間半観せられていた気がしてたんですけど…、なんかごまかされた感があった。
とにかくここで終わってフィナーレいきたいんじゃ感ともいうのか。

魅力全開 和希そら

この大輪の花をこれからどうしようというのか、宙組よ。
全開アナスタシアでも女役を完璧に演じてみせ、今回は正反対のような変態男(白澤 優二郎/竹久 夢二)をやりきった。もしかしたらご本人としてはまだ、もっと、舞台上で突き詰めたかったのではとも思う。普通に公演が続いていたら千秋楽にはもっと化けていたのではと、予感させられた。つくづく休演が惜しい。
和希そらの芝居も歌も一挙手一投足も実によくて、フィナーレの黒燕尾みても、もう、真ん中スターだよスター。
3人の女と対峙する夢二は、相手に合わせて反応して違う顔を見せる反面、全員に同じ対応もする。彼にとってはみんな同じ「女」でしかない、という様にも見えた。
一方で、白澤 優二郎を演じて赤羽 礼奈に対するときは、ちょっと子供っぽい、「女」じゃなくて「赤羽 礼奈」から離れられない一人の男だったので、ちゃんと別人だったなぁ。夢二とは。

いやほんと、こんな舞台巧者をどうするんだ宙組よ。

おそろしく美貌ぞろい、宙組

ヒロインを務めた天彩 峰里、3人目の女を演じた水音 志保、2人目にして最愛の相手ともいわれた、「黒船屋」のモデルといわれる彦乃を演じた山吹 ひばり。
全員タイプの違う超!美女で、さいっこうでした。

まず天彩 峰里の稀有な、昭和初期とか大正ロマンとかそりゃやらせたくなるよねの美貌よ。
続いて期待の新人であり噂の美女山吹 ひばりがまた、芝居も歌もよし。甘さがまた裕福なおうちの娘で女学生な彦乃に大変よくあっていた。
この2人が強く印象に残ったうえで、3人目のお葉はどう個性をみせてくるかと思いきや、さっくりと洒脱なモデル役を演じてみせた水音 志保もまた鮮やかで。真に百花繚乱。

これが宝塚歌劇でなかったら、この3人の女たちのつばぜり合いが見どころの舞台になっていたかもしれない。冒頭は実際、新派の芝居でも観てるのかしらって気分になったものね。

あのー、みんな潤花よりうまいよ。潤花嫌いじゃないよ全然、でも盲目的な贔屓はできない。もちろんトップ娘役は潤花なのだからそれはそれでよい。けれども彼女はもっとうまくならねば、こんな宙組の娘役たちが艶やかに咲いているのに、真ん中に立つ力を付けなければ負けてしまうね。
それっくらい、思わず刃がそっちに向かっちゃうくらい、娘役が全員素晴らしかった。素晴らしすぎた。

歌手役の花音 舞は実に巧みに舞台の雰囲気をコントロールしてたし、西条 湊のマネージャーかなんかの役の娘役さん!あの電話の芝居ワンシーンだって、ワンシーンなのにすっごく印象に残ってよかったもの。
彦乃の女学生友達役たちも、いかにもで、細かい演技してた。

歌手 留依 蒔世、役者 亜音 有星

最近、別箱系で「出演者全員、上から下まで誰が歌ってもうまくてストレス感じない」と思ったのが、ダル・レークの恋だった。
それを思い出した。この夢千鳥メンバー、全員歌がうまかったー。大体、昔はビジュアルがよい子って歌が残念だったのに、宙組ったら全員うまいんだもの。最高じゃない?
美風副組長の指導の賜物か?
劇中もみんなよかったけれど、フィナーレルイマキセ、スゴウマ。素晴らしいコントロールで、あーこりゃだいもん卒業後のいま、次に一番うまいのは彼女だなと思ったね。喉コントロールとあと強さも感じた。ルイマキセなら1ヶ月半叫び歌っても持つ喉だわ。
でも彼女だけじゃない、次もその次もだれが歌ってもうまいの。いいねぇ…。

それに、天彩 峰里の重い女に横恋慕する、女の趣味が悪い好青年役をこなした亜音 有星。めっちゃよくないですか、控えめに言ってめっちゃよくないですか。

あとバーテン二人もよかったですねぇ。特徴がないっちゃーない役なので、時代をいったりきたりでもそのキャラに変化はない(見た目にも)っていう演出だったと思うのだけれど(アニメなんかによくある手法ね)、きっと演出家の意図するイメージをそのまま再現していたのでは。やっぱり素晴らしい。

いやあ、こうして思い返すと、アナスタシアでは、この夢千鳥メンバーのうち印象に残ったの和希そらくらいで、みんなえっと何やってたっけくらいの印象だったので、ほんと海外ミュージカルは個性を殺すなぁ。まあ致し方ないのか。その点、劇団オリジナルは強し。ジェンヌひとりひとりがよく見える。そうみせてくれた栗田 優香先生、素晴らしいデビュー。

いつかきっと、必ず、この夢千鳥を、できれば同じキャストで再演してほしいな。そしてその熱い情熱を是非とも生で観たい。



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無理ホテル 配信視聴

到底、チケットが取れる公演ではなかったので配信頼みだったけれども、こういう配信になるとは。

楽しみにしていた割に、自分の集中力があまりなくて(ガラコンからの連続視聴はやはりきつかった)、注意散漫で、あまり、肝心のストーリーとかテーマは、ほかの方々の感想を拝見してはじめて「へ~~ほおおおそうだったのかあ…」となる始末で…。
なのでいつかまたちゃんと、拝見したい作品。雰囲気は大変良くて、設立が最も新しい宙組がいま最も(唯一といってもいい)クラシカルなレガシーな宝塚歌劇公演ができるという評判には、首肯するばかり。

雰囲気しかはまらなかった

バレエリュスってきいたことはあったけれど、ニジンスキーのことがもっと出てくるのか、というかその要素いるのか?と、無教養な私にはピンとこなかった。

うわさのビリヤードのシーンは、こう、いい意味で無意味ですごく良かった。こういう要素こそ楽しい。何にでも伏線張られて意味を持たされると、観るこっちは疲れてしまう。

ホワイトチョコのホットショコラは甘ったるそうで、私は無理だな。でもスイスだもんね。

スーツは三揃いにお帽子まで。これを着こなすことがこの芝居の重要なところだろう。

役者はどうだったか

主演の真風涼帆の真骨頂というか、一番得意なやつだよなって思った。実にハマっていた。
あんな風に仕事半分とはいえ、心を殺さねば、なんていう現場でヒロインをナンパする手口の鮮やかさよ。

ヒロイン潤花は、雰囲気がよく合っていた。
ただ芝居は凡庸で舞空瞳と同じ病にかかっていると感じた。
台詞回しが一辺倒。一見すると上手なんだけれども…1シーンごとに切り取ればさほど気にならないものでも、二幕通して観ると、台詞の言い方、息遣いが皆おんなじで感情の抑揚が乗っておらず、全然伝わってこない。これからの成長で変わるかな。

劇場、芸術への想い

私は残念ながらこの芝居からの、そのメッセージはあまり上手く受け取れなかった。
けれども世相を反映させた、ストレートな情熱の舞台であったと思う。

あともえこエーリク

大勝利ですよね…エーリク……
彼の要素がなかったら、私この舞台そこまで記憶に残らなかったかも…。
もえこエーリクで番外編恋のスヴィッツラやってくれていいんだけど…

テレテレシャツの桜木みなとが美弥ちゃんにみえたり、芹香斗亜が相変わらずだったりと、なんだかひどく安定してるな宙組、とびんびんに感じました。
良い組ですねぇ。

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ガラコン配信祭り、当初モヤっとさせられるも大いに楽しむ。

結局配信されたうち、連休に入ってからは全部観たかな?

注目の望海風斗トートバージョンについては、事前に出演情報が出た時点で、複雑な気持ちになった。
本公演でやってない人が、いくら歌えるからって、あり?
89期優遇イベントなの?
エリザガラコンはキャリアの踏み台なの?
配信も89期優遇なのは、過去のエリザを何だと思っているの?

などなど。
まあ本人たちはこの企画に乗る以外の手はないでしょう。そして出演したら、よほどの失敗をしない限りはワーキャー大好評で終わってよかったねで終わるんでしょうよ。
さらに言えば、現状とにかく話題と人気のある、89期OGを取り上げるとマスコミの反応もファンの反応も大きい=次の、そのまた次の企画への足掛かりになり、総じてヅカOGの活躍の場が増える
というよい客寄せになると、いうことなんでしょうけどねぇ。……。

でも。意地悪いかもしれないが、この89期をガラコンでおいしくまとめよう企画はまったくもって気に入らなかった。エリザベートというコンテンツを大きなものにしてきた、歴代をないがしろにしたなぁと思った。
で、そうしたもやもやをひと通り感じたうえで、割り切って楽しんだ。昔から、踊る阿呆に見る阿呆~っていうし。
踊らなソンソン です。

どのエリザが好き?

ウーン私は、花乃まりあシシィがビジュアルと芝居、歌全部、「このミュージカルのシシィであれば」一番よかった。同率一位くらいによかったのが実咲凛音シシィで、こちらは史実のシシイ風味が強くて一番のお気に入りになった。

花乃まりあはミュージカルに描かれている通り、悲劇のヒロイン風味で、孤高で孤独で愛にさまよったシシィで、これが正解で王道のシシィだったのでは、と思う。
だからこそ私はこのミュージカル、好きじゃないんだけど…エリーザベトを美化しすぎていて…。
でもそういう脚本なんだから、それを見事に表現したシシィだった。

実咲凛音シシィは自分が悪女だってことを知ってるシシィというか、やりたいことだけをやりたいようにしかやらない女(史実のエリーザベト)に印象が寄せられているような、冷たいというか、今欲しくないモノにはとことん心を配らない女感が、あのきっつい表情、目線に出ていて、それはそれは萌えた。

史実のエリーザベトは自由派の父親の影響を受けているが、嫁いだ先はハプスブルクの超保守派であり、ルドルフにはある歳まで、帝王学と保守派の教育がされていた。
これは日本の皇室の、皇太子教育にもある(あった)のだが、「個に同情してはいけない(国を治めるためには)」というのは帝王学あるあるだそうで…。目の前の人にいちいち同情していては、全体を見落とす、大局に対応するための力をなくしてしまうということで、必要なことなのね。だから一般人からは、この教育を受けたものが冷たく見えてしまう。
これに茶々をいれて、自分がえらんだ自由主義の先生をルドルフ皇太子につけたのがエリーザベト。その結果、彼は成長するにつれ、父親フランツ皇帝とは当然政治的意見があわず最後自殺にまで進んでしまった。彼の死の遠因はシシィにあるといっていいが、無責任にも興味はなかったのだ。

死ぬなんて思わなかったから涙した、つらい。でもそれだけ。そういう実咲凛音シシィ。

明日海りおのシシィは、まあ言葉を選ばずにいうと、まったくよくなかった。無理がありすぎたし浅いのが露呈していた。顔はきれいだがそれだけで、もしタカラヅカ現役の舞台であれを披露していたら批判がすさまじかったろうと想像する。歌声がとにかく、聴いているのがしんどくて、歌詞の一つ一つが全く聞き取れなかった。よかったな周囲が甘やかしてくれて。マジで。ファンの明日海りおスキスキ貯金があったから許された舞台であったと思うよ。

夢咲ねねシシィはよかった。あと首がながかった。

望海風斗のトート

待望の といっていいと思う。
歌える人にはとりあえずなんでもいいからやってよ、とファンは言うけれど、よくやったなこれを。
役作りはないも同然、浅かった。歌は絶品だった。トートは変幻自在の役なので、どんなふうに表現するかは際限がない。きっとご本人ももっと時間をかけてやってみたかったろうな。

私は井上芳雄の歌が結構かなりとっても苦手なので、東宝エリザは無理なんだけれども、望海風斗のトートはなんかもう、歌の表現と歌唱力だけで、どこでもやっていけるよねっていう…。
ただやっぱり芝居じゃないので役作りという点ではそうでもなかったと思う。でもこれは、言い換えればこのステージはコンサートだから、やっていない舞台芝居表現は最低限にして、
歌表現に特化したのが、望海風斗のそして演出家のさすがなところ、となる。

「誰か、望海さんにフルコスチューム版じゃないってちゃんと伝えた?」ていうtweetをみかけたくらい、このコスチュームがフルじゃないならなんなのってくらいに、モリモリで、驚いたが、歴代トートすべてをリスペクトしたかのような作りで大変よかった。特に、一路真輝風味と麻路さき風味が感じられたのには胸が熱くなった。これはファンサだったのかな?

とにもかくにも、歌えるって、強いよね……。

子ルドルフが猫を殺したよのとき、にっこぉ ってしたのが、やっぱりこの人の役作りの一番光ってたところで、もっともっと掘り下げたものがみられたら、と思った。
将を射んとする者はまず馬を射よの精神で、トートはルドルフがどうだろうと知ったこっちゃないから、猫を殺したんだ~って発言するルドルフ少年の状態は、トートにとって喜ばしいことなのね。
こいつちょろい、と。
だから笑う。ここで顔をしかめる歴代トートの反応は、子ルドルフに同情的すぎるの。何目線なんだろう。子を見捨てたシシイの代わりのつもりだたんだろうか。

ガラコンとは

この公演に支えられている、この公演を支えている、そういうOGたちがたくさんいるんだなあ、ということが伝わってきた公演だった。
ガラコン自体観るのがはじめてだったので、いつもこんなかんじなのかな。宝塚歌劇ってのは、たくさんいるねぇ、OGが…。
毎年40人ほどの新陳代謝があるんだものね。そりゃそうだ。そういうすべての人たちに、彼女たちを応援するファンたち、元ファンたちにとっても、このエリザガラコンというのは、とても大切な舞台なんだなあと、感じた。

これを実現させるエリザベートというコンテンツが日本でこんなに育つとは、イケコ先生の、校長先生のようなご挨拶にもあったとおり、25年前は予想もしていなかったろう。
愛されるって強いんだなあ。










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宝塚とヅカファンとマカゼは時代を無視し続けられるか

今日は宙組「ホテル スヴィッツラホテル」の配信日。この日を待っていた多数のファンのひとりです、私も。観られるとは思ってなかったので。
どんなもんや、と思ったけれども公演期間中はよい評判しか聞こえてこなかった。たのしみだった。

というか毎日毎日、朝早く起きてから着替えて、またソファにねそべってスマホをいじったり本を読んだりしつつ、夕方ごろになったらごそごそ配信を観る準備という…
自堕落かつある意味大変贅沢な連休を過ごしている。でも毎日配信ありすぎてちょっと疲れる(でも観る)。

で、ずっと気になっていたことがある。

いまから20年以上前にはじまった「とある表現の規制」

前職で色々とご縁がつながり、私はとある当時の大ヒットアニメのスタジオを訪れ、そこの代表であり、業界でも有名なとあるアニメ監督と一晩過ごした(徹夜で仕事した)。
本来2,3時間で終わるはずの仕事が一昼夜かかったその晩、たくさんの話を聞いたなかで印象に残ったエピソードのひとつが「タバコ」のことだった。
そのアニメはテレビ放送版からヒットを受けて、その後劇場版公開と制作が続いたのだけれども、テレビ版と劇場版の間で、たばこの表現が規制された。
アニメの内容は近未来的な世界観というか、登場人物は男も女もほぼ大人で、特に渋い大人たちしか出てこないようなアニメで、人気に火をつけたともいえるOPアニメーションの出だしから、メインキャラがタバコを手にしていたし、それはそれはカッコよかった。

しかしこのタバコ演出のためにこの人気アニメーションは、地上波での放送に規制がかかり、初回放送はBS/CSとなった。当時は今のように、人気アニメを深夜で放送するような枠がなかった。アニメ放送は週末の朝か平日の夕方枠しかなかったので、アニメなら何でも観ようとする子供たちや、アニメ=子供のものと思い込んでいるアニメに関心の薄い大人たちの目に触れてしまうことを考えると、その表現の意味を考えてもらえる間もなく問答無用でアウトと判定されてしまい、放送枠が見つからなかったのだ。
それくらいに、メインキャラたちが男も女も関係なく煙草を吸い、その姿を「カッコいい」と思わせる演出になっていたことは、アニメとしてアウトとされた。
このタバコ表現の規制は現代も生きている。

煙草を吸っていることが必然のような主人公が活躍するこのアニメーションは、劇場版において、また作品のキービジュアル上で、タバコを吸う様子は削られることとなった。
10代の若い子が、20代のまだ夢見る子が、「タバコ=かっこいい」というイメージで手を出すことを、アニメが後押ししてはいけないと、業界は判断した。

劇場はあいまい

酒やたばこを『「大人」「おじさん」を表現するためのアイコン』としていた時代は終わった。サザエさんも昔はみんな喫煙者だったと思うが…。
女ならこう、男ならこう、という性的なイメージを固定化する表現についていまあちこちで問題視されているように、昔はただの「大人」を演出する小道具であったはずのタバコや酒についても、「大人のカッコよさ」にタバコも、酒も関係ないというのがいまや社会の常識となっていると思う。

思うんだけれども、劇場…それも宝塚歌劇ではまったくそういうことはない。もう不思議でならない。
カッコよさの演出に、男のダンディの象徴に、スパスパ煙草を吸いまくっている。なんでなの。
これらはなぜ、スミレコードに触れないのだろうか。

価値観が古いから

それをキャーカッコいい!カッコいいからなんでもいいじゃない、野暮なこと言わないでよ! とファンも歌劇側も思っているから がその理由なんだと思うけれど…
もう一度自らに問うけれど、なんでなの?

もう、なんでもよくない時代が来ているんだよね。全年齢向けの舞台ならば、「男(役)のカッコよさ」にタバコを、酒を使うことがいかに…的外れか。
それは確かにかっこいい。けれども、きもちいいからって(知らないけど)麻薬を吸うかっていったらたいていの人は手を出さないのと同じで、「だってタバコくわえてるシーンってかっこいいじゃない」の価値観の古さを問いたい。それはティーンエイジャーの中学生が、酒やたばこにあこがれる気持ちと何ら変わらない。

それじゃダメなのである。エンタメは。これは表現の規制なのだろうか?

マカゼは吸う(吸わされる)

誰よりも大人の男役を演じる、宙組の真風涼帆は、ホテルでも吸っていた。吸うだろうなあと思っていたけれど吸っていた。
もちろんかっこよかった。
色っぽかった。
最高に似合っていた。

でもそれでいいのかしら、と思う。宝塚歌劇には、女性が男を演じ、それを引き立てるための女を演じるために、表現を誇張する。誇張アイテムとしてタバコも酒も小道具として最適なんだろう。しかし考えたことはないのだろうか。そのアイコンはもう時代遅れだと。
禁酒法時代のマフィアの芝居ばかりやるのならば、舞台上はタバコの煙でまみれようとも、それは表現として必然かもしれない。けれども、この時代に男役が男を演じるときにふさわしいのは、はたして煙草なのだろうか?

宝塚歌劇にはたくさんの差別表現が潜んでいる。そのうちの半分以上は差別というより区別のための演出として、良心によってコントロールされていると思う。
けれども、30年前と同じ感覚のまま、あまりにも無邪気に使ってはいないだろうか。銃や煙草という、時代の問題児たちを。

男役の格好良さに寄り添う小道具は、もっと普遍的であっていいと思う。


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『◯◯の◯組』 の呪縛

プライドを持って語られるその言葉。
誇りをもってジェンヌたちが口にするその肩書。

80年代後半~90年序盤のヅカを知る身からすると、ちょっと窮屈になる。

「いま」を表現する形容のはずだった

私はいまもそう思っていることがある。
「ダンスの花組」は大浦みずきが歴代最高ダンサータイプのトップだったからこそ、当時の花組に冠された、大浦みずきトップ時代の花組を賞する表現だった。
2番手も安寿ミラで、ダンス表現は当時随一だった(おかげで真矢みき時代はたいそう苦労した)。
「和物の雪組」は杜けあきにその力があったから、そして二番手が一路真輝というこれまた和物で名作をやり遂げたトップが2代続いて、あの時代のトップのカラーを象徴した。
しかし杜けあき一路真輝も日本物だけがよかったわけではない。杜けあきの「ヴァレンチノ」のポスターを、スチールを観たことがあれば、そのあまりの麗しさに現代のファンも目を奪われるだろうし、一路真輝は伝説も多い人だがなんていったって唯一にして無二の初代トートである。

芝居の月組は、大浦みずき花組への「ダンスの花組」という称賛を込めた呼称がファンの間で一般化してから、当然のごとく劇団内にも浸透し、じゃあ私たちはなにかしら?という問いによって生まれたような、花組を向こうにして月組が名乗った(月組ファンが呼び出した)呼称であったと思う。
起源は諸説あるが、私が覚えているのは剣幸時代の月組(2番手涼風真世、その下には天海祐希があがってきていた)が、「○○月之丞一家(○○の部分は宝屋だったか)」と冗談めかして自分たちを旅芸人一座のように名乗っていたことがあった。剣幸はいまあちこちの小劇場に客演していたりして、彼女の芝居を間近で見られるが、小さな劇場には余るほど相変わらずうまい(コロナで幕があがらなくなってしまったが)。
星組はちょうどいい呼称がなかったので定着しなかった。当時のトップ紫苑ゆうも、その次の麻路さきも、いまおもえば稀有な、ノーブルな雰囲気をたたえた超個性派トップが続いていた。
その後宙組が誕生し、このような○○の○組はいったん廃れたが、ヅカファンは中身が入れ替わらない(婆になってもヅカファン)なので、その後20年経っても、誰も忘れてはいなかった。

伝統化縛りをするほどではない

20年も経てば伝統なのだろうか。過去の偉大な先輩をリスペクトするのはいいが、余計な縛りになっては「今のトップのカラー」を消してしまいはしないだろうか。
真っ先に思うのは、花組の柚香光はダンサータイプだが、空気が読める子ゆえに芝居の間がよく、コメディエンヌの素質充分。
ダンサーの面だけがクローズアップされがちなのはもったいないジェンヌで、特徴ある美貌と間の良い芝居とで、魅力や特色は一色ではない。
しかし彼女は「ダンスの花組」の呼び名復活にちょうど良いダンサーであり、水美舞斗もまた実力では随一なダンサーを添えて、ますますダンサー面を強調しようとする路線が見えている。
が、ダンスの表現力があるということは芝居っけがあるということでもあるわけで、そこを褒めないのはもったいないなあ、とも思うわけで。

最も美しいトップスターが生まれる

さて、月組の珠城りょうはちょっと珍しいほどの美貌である。が、ヅカファン好みのど真ん中ではない。ヅカファン好みのど真ん中はもっとチャラくてホストっぽいのが歴代一番人気で、つまり明日海りお系。わかりやすくチャラいのが好きなんである、ヅカファンのメスたちは。
さてしかし、明日海りおはビジュアル系であったが、パーフェクトな美貌ではなかった。柚香光も、目も鼻も大きすぎてちょっと特徴があり過ぎるので、美しいには違いないが、癖も強いの。すべてが完璧ではないからこそ、とにかく魅力的に映るタイプ。

しかしこの秋、パーフェクト美貌のトップスターが月組に誕生する。月城かなと。360度パーフェクトな美貌。彼女の顔立ちの癖のなさ、すべての形の良さは奇跡的なほど、漫画のようなお顔。
このすべてのパーツとそのバランスが真に完璧な月城かなとがいままで「地味」だったことが実に面白い。
月組にやってきて、縁の下の力持ち系、裏方にまわることがなんの苦でもない苦労人トップ珠城りょうのもと、月城かなとは殻を破ることに成功した。一人一人が、役者として一本立ちしていないとやっていけいないのが現月組。珠城りょうが月城かなとへ引き継ぐ月組は個性爆発しており、「○○の」とくくることが難しいほど豊かである。

ダンスの星組

現在もっともダンスに強いトップコンビは星組。どうみても「ダンスの星組」である。
そこに足りないものを補う2番手以下で、面白い魅力を放っている星組。今彼らがロミジュリで、タイミングはばっちりだった。
いまロミジュリをやらなければ星組は少々低迷していたかもしれないと思うほど、3拍子揃った若いトップ礼真琴時代の前半戦は、何拍子揃っていても何かが足りないという不思議な現象が起きていた。
しかしロミジュリによって、星組生たちの魅力個性が認知され、星組の魅力とロミジュリの魅力の親和性が爆発中。どこで使ったらいいか持て余し気味だった愛月ひかるはここにきて、星組になくてはならぬ味を発揮しているし、いやあめでたしめでたし。…

雪組は代替わりで個性発揮はまだこれからだし、宙組はマカゼの宙組というのがしっくりくるほどの顔っぷり。はたして2025年には計画通りアンバサダーたちが、トップもしくはトップ大手に手をかけているのだろうか。その時一体、どの組がどんなカラーを発揮しているのかはもうまったく予想がつかない。というか野暮か。



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エリザガラコン …ガラコンって何

ああ、私の夢千鳥……

急所を狙うがごとくのタイミングでやってくれましたね、緊急事態宣言。
ところで文句たらたらの国民は、各自が感染防止に努めていたら、一切の法的抑止力を伴う法律も宣言も措置も不要だということにお気づきだろうか。
結局のところ集団のなかでの心理(私以外のすべての他人が自粛してくれたらいいのに)が勝り、この体たらくを晒したということでしょう。
公演中止は政府のせいではなく、黙って観劇や一人行動ができない我々のせい。
真に自分たちを律して清く正しく美しく舞台を作ろうと奮闘している宝塚歌劇の方々に、劇場ロビーですら静かにできないファンがいる。この状況、勝手に申し訳なくなりました。

人生初バウが、夢千鳥で、おまけに3列目というかぶりつきで、それはもう大変楽しみにしていたけれども…、ゆの初バウに私の初体験を捧げるための巡り合わせと思って前向きに自粛する。
それに夢千鳥はいつか、いつかまた同じメンバーで東上してくれると信じている。
そんなやるせない気持ちだったので、当初は観る予定のなかった土曜のエリザガラコン ライブ配信を観た。

ガラコンてなんぞ

私はエリザベートに強い思い入れがないので、まったくもってこのイベントに興味がなかった。今回も、楽しみにしていた観劇が幻となったので、なにかこう自分を慰めるためのタカラヅカを欲していたため、Twitterのヅカ民がみんなこのガラコンライブ配信を観ようとしているし一緒に…という気持ちで、ギリギリになって視聴を決めた。
一番観たいメンバーが、まあ様トート、みりおんシシイ、みったんフランツ、だいもんルキーニ な5/1の配信版。でもこれが夢千鳥観劇と被ってたので、じゃあエリザガラコン視聴じたいを諦めようっておもってたの夢千鳥は夢になってしまったので観られるようになったけれど

そもそもガラコンサートって何?という無教養な私に、Wikipediaさんが教えてくれた。
ガラコンサート (gala concert) は、何かを記念して企画され、特別な催しとして行われる演奏会。日本語ではおおよそ「特別公演」「記念演奏会」「祝賀音楽会」といった意味合いである(ガラは、「祝祭」「公的なパーティー」を意味するフランス語)。

フーン…?
特別公演なんだな、と思ってみてみたけれど、ほぼエリザ。

えっ?
フルコスチューム版だから?
色々簡略しただけでほぼほぼエリザだったよね。コンサート…?

満足度

Twitterの名言に「人は最初に観たエリザベートを親エリザと思って慕う」とかいうのがあって、私は一路エリザ(初演)を映像で中途半端に観たのが最初であり、ちゃんと見たのが月組エリザ。物議をかもした愛希シシィと珠城トート。でも私のトートの解釈は珠城トートに近いのでやっぱり親なのよね。

明日海トートは解釈違い過ぎる。強烈なるビジュアル強。大変美しく文句なしなんだけれども、やっぱり亜流トートなんだよね。で、エリザのトートはもはやどんな亜流も受け入れられる不思議な役になっている。正解も誤りもないのね。

で一番よかったのは当然ながら北翔海莉フランツ。最強。
いい、いい、とはきいていたけれど、こんなにもよいとは…。
私の親エリザである月組版フランツは弱くてね。しかしみったんフランツは、スゴツヨマザコン。それでいながら、あんなにも愛おしく口説いてくれるのなら、そりゃあどえらいところに嫁入りなんて考えもしてなかったシシィだってほだされるというもの。
花乃まりあシシィもとてもとても、強くて弱くて(というか脆い?いや、やっぱり弱いかな)私の親エリザ(しつこい)よりもこのシシィが正解だ、こっちが同情できるな、と思いましたね。

かのちゃんは花組トップ娘役になったばかりに、相手役が相手役だっただけに大変苦労して苦労したトップ娘役のひとりだったと思いますが、このシシィはかのちゃんの舞台俳優魂の叫びのようでした。
挨拶は、彼女に全く思い入れのない私ですらもらい泣きしました。

いやしかしねぇ…北翔海莉ってどう否定しようにも無理ってくらい、才能の塊というか……すごかったです。舞台で一人だけ何十年も年齢を重ねていて、歌はいいし語りかけてくるし、最終審判のシーンでは明日海トートに勝ってた。
伊達にあのゾフィーに仕込まれた皇帝じゃないぞ、女に弱いだけで男としても皇帝としても強いんだぞという一面がしっかりあって。
ふわふわした概念としての「死」に愛と弁論で負けるわけがないフランツであった。

※エリザにおけるトートはウィーンのオリジナルでは「死」の擬人化であって、「黄泉の帝王」にまで潤色したのはイケコ。

ルキーニは、今回の場合「望海風斗でございます」という立ち回りでしたね。特に感想はない。もっと何か感じるところがあるかと思ったけど…
脇役に徹してたところがよかったかな。これが出来るならだいもん第二の芸能生活も活躍が期待できる。真ん中だけしか出来ないのも足枷になるからねぇ。

退団後、OGとして食っていく

先の話になるが、タカラヅカライブネクストが成功したとして、OGの受け皿がもっとしっかりできた場合、元トップの称号を得なくとも、芸能界での活動が今以上にしやすくなる場所ができているかもしれない。
いま明日海りおの退団後の猛烈売込み時期で良くも悪くも珍妙な目立ち方をしているが、彼女が「なんだかすごい存在」のキャラでもってこのままゴリゴリに売れると、元ヅカ全体のバリュー底上げにつながるわけで。よろしいんじゃないでしょうか。
ただ、男役は宝塚歌劇のものであって明日海さんの男役も望海さんの男役もいずれも本来は宝塚歌劇のものだ(過去のものだ)というのが個人的な考え。ま、むずかしいですね。

かつて、元男役も男役芸も宝塚歌劇を一歩でたら需要なんかなくて足枷にすらなったから、どの元トップスターも急いで女優化した。

しかし今は、だんだん何でも良くなっている。少しずつ確実に。
けれど朝夏まなとや瀬名じゅんのいまの成功は、彼女たちが速やかな女優化に成功したからこそとも言えるので、男役芸を引っ張ることは、仕事の幅は狭めてしまう事実もあるだろう。

それにやっぱり、現役ヅカへの敬意や特別視の思いを考えると、辞めといていつまで男役やるの?てのもね…あるよなぁ。

そんなときのガラコン

ガラコンの意味に立ち返れば、祝祭。特別な公演に冠する「ガラ」ならば、ここでだけ、男役芸、娘役芸の復活てのもいいのかもしれない。
ファンが微妙な顔をするよりもずっと、強い思いで退団してきたOGの方がその辺にはセンシティブに考えているだろうし。
今回の北翔海莉は身体付きはまるで女性なんだけど、コスチュームの力だけではない男役芸が出てました。
そういうのをチラッと観られるので充分よいもの。

残りの日程は無観客というお互い少々虚しいステージになってしまうのが残念だが、それでも幕を開けてくれるだけマシなのだな。感謝。

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スーパー戦隊と朝美絢と

あっついあっついファンをお持ちのジェンヌさんがいる。ちょっと前では明日海りお、北翔海莉あたりには、特に熱狂的でなんか怖いので近寄りたくないアッツアツなファンがおられた。
楽日の掛け声マダムとか、いましたよねぇ。

全てのスターにはファンがおり、ファンの中にはクソ熱い濃ゆい熱狂的な方がいるもの。
ご本人に罪はないが、あの人のファンはちょっと怖いわ、と思うのが、今ダントツあーさである。※個人の見解です。

きっついブリドリでエンジン全開か

ネタかガチか?でおなじみの堕天使J。話題になればこっちのものということで、ネタかな?
ホスト芸でいきたいのか、基本的に娘役さんたちとの絡みですが、どの娘役よりも華奢で小顔に見えるあたり罪作りだよあーさ。
初回のお絵描き伝言ゲームみたいなのと、2回目?のカードゲーム(各自が名前つけていくやつ)は面白かった。ドラマのほうは観てるこっちが恥ずかしいのでなんとも。
あと、ちょっと私は苦手だなってのが、なんだかぎこちないナレーション。
フリートークウクレレばなしなどの様子は魅力的なのに、なんだろう、やっぱり芸風があってないんじゃ…と思ってしまう。

2番手あがりが期待される状況

朝美絢はトップ退団、彩凪翔退団に伴ってそのまま番手が上がりそうな雰囲気がでている。4番手→2番手?いやいや間に誰か来る?
東上も決めて、ブリドリで露出高めて、ファンの後押しを得たいところか。
にしても、トップ目のなさそうな人気ジェンヌであったのに。

ずっと胡散臭かった評判

元々、とびきりの美貌で嫉妬と羨望を集めていた彼女。私が妙だな、と感じたのはFNSの出演で話題を集めた後から。
テンプレ?やらせか?てほどおんなじような
「この美人は誰でしょうか⁉︎」
「朝美絢さんです!」
のカキコミというの?ツイートが増えて。
貼られる写真も同じで。
ん?なんか変だなと思ったのを覚えてる。

本公演の舞台でいい役を振られたのは、壬生義士伝の斎藤かな?
しかし、ワンスは大活躍ながら女役。イケコが己のやりたい演目にいいように使われた形だが、それに懸命にこたえて魅力的なキャロルを演じたが、これからの男役としてなかなか複雑な気持ちもあったのかなと思う。
…でもその後のアナスタシアでの和希そら女役や、ナイワのひとこちゃんとか、なんか、これから来るだろう男役が相次いで女役をやる流れになった。たまたまかな…?

あーさの魅力

「左の人」「黒髪の人」
これがいかに美味しいか。目立つ美人が脇にいたこと、真ん中でないからこそ映えたのである。
私はあの番組を観て普通に真ん中に吸い寄せられたし、何だったら笑顔がとても上品で印象に残った久城あす君に惹かれた。そんな私がいたように、別にあーさだけにみんなが皆惹かれたわけでは決してない筈。私だけが特別ではないのだから。でもニュースになったのはあーさだった。このSNSコントロールが彼女とそのファンの戦略と勝利だったと勝手に感じている。

セーラームーンで圧倒的人気を誇ったのはヒロインではない。その横のセーラーマーキュリー
このときのあーさは、まさにこのマーキュリーのごとく、真ん中のヒロイン(ヒーロー)ではなかったからこそ人気爆発できたと確信している。勝手に確信。

どこが似合うか

ワタシ的あーさの最魅力ポジションは、戦隊モノでいうブルーやブラックであって、レッドはあーさのカラーじゃないんだよなぁと思う。
キャロルの女役での魅力がよかったので、ホワイトやピンクみたいな両刀的魅力に振るのも美味しい。美弥るりかのように。

タカラヅカのスター制度はトップ中心のピラミッド型であるから、トップスターはレッド役をやれなければならない。
だがやっぱり、本人の魅力が最も輝くとは限らないのだ、レッド役は。むしろ損することも多いだろう。
最近のナウオンとか観てると、キキちゃんとかもう、真風レッドの横で頼れるブラックかブルーみたいなポジションがハマりすぎていて、この人はもう、これがベストなのではと思えてくる。だがタカラヅカのシステムでは彼女は2番呼ばわりされ、報われていないとみられることすらあるのだ。何という不幸。

いちばん輝いて欲しい

私は特にあーさのファンではないしむしろあの歌声はなんとかならんかな、と思っているしオラ芸は引くばかりなのだが、朝美絢が珍しい美人で、それは彼女しか持っていないギフトだということはわかる。

しかしながら、引退しセレブ婚なせーらちゃんとよく似た性質を感じる。あーさには。モデルのエビちゃんも同じカテゴリ。
類い稀な美貌で、声というか喉が弱点で、喋り発声がひたすら弱い。頭が小さくて顔が小さくて鼻や細長い首や、もうほんとあの造りの共通点なんだろな。

私としてはあーさは無理なレッドにならなくていい、雪組スノーホワイトでいいから、なんとかしてその自然な本来の美しさで魅せてくれないだろうか。



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