隣のヅカは青い

ヅカファン歴は30年ほど。しかし観劇デビゥは2019年から。それほど遠い宝塚についてのブログです。

喋りがうまいことより大事なことがある

会見。たぶん多くのファン、ファンでない人含めて「……?」ていう…満足した納得したというほどの力があったかというとどうなんだろう、と私は感じた。
ただ、たぶん多くの人が比較的批判よりのお気持ちを表明したくなるような会見だったのではないかと私はとらえた。だがしかし、あの幹部男性たちの発声のまずさ、喋りのまずさについての指摘については野暮なことで、それをもって批判するのはナンセンスだと思う、ここ日本では。

それこそ元掲示板運営者が広めたことだけどさ

ディベートっていう単語が日本でひろく認知されたきっかけは、例の宗教法人によるテロ事件であったと思う。宗教団体の幹部が連日ワイドショーを使ってみせた喋りはディベートという手法で鍛えられたものであったとして世の中に広まったっけ。そして時期は不明だけれども、某掲示板運営者の人が、論破という言葉を広めた。

いずれも内容より、ことばやなまえによって相手に、あるいは世の中にどういう印象を相手にあたえるかを意図的にコントロールすることで優位にたったり言論を希望する方向に導こうとする手法なのかなと、私は理解している。

海外ドラマの法廷ものの、弁論構成とか。もののなまえでいったら「ふるさと納税」とか。ひとの名前も「太郎」と「帝王(カイザー)」では同一人物でもやっぱり受ける印象変わるし。中身よりもときにはパッケージって大事。ハイブランドが超過剰包装なのもブランド戦略だものね。で、それを買う人はそれを欲するわけだ、そういうものを。

だから… 中身がよけりゃ立派なハコはいらないよって思っていても、「箱が立派ということは……?」という期待が胸にわきおこるわけよ。

そして言葉も。見た目がよくしゃべりがうまい、言葉遣いがうまいからこそ騙されちゃうってことあるわけだし、「えーと」って100回くらい言うけど聞きたかったすべてをきちんと説明してくれる窓口の人がいたら信頼しちゃうわけで。

なので、歌劇団のおじさんたちが、元芸能人とか、海外ドラマの弁護士役のように、うまい喋りじゃなかったことは、それはいいんだそれは。

ただな~

記者たちに手元資料を配っていたのなら、要点を伝えればいいじゃない。○ページの項目○について、ですが…とそこを棒読みするんでなくってさ、とは思った。
超重要なら報告書の文言をそのまま読みあげることはより伝わるものになったとは思うが、この辺も…結局うまいと、そういう手法にのっとってなんかきれいに説明されすぎると、それはそれでなんかいやらしく感じるのも人情。

なやましいこと

理事長は解任となった。そうだろう。
理事長が、新人公演の衣装問題を知らないのは、そりゃそうだよなと思う。でもまあこれほどのことが起きたのだから企業のトップってこういう時に頭下げて辞めるためにいるんだものね。

弊社におきかえてみれば、オフィス掃除用の除菌ウェットティッシュを総務が購入しないからと業を煮やした隣の部署が、事業部長の許可を得たうえでアスクルに注文し経費精算したところ総務部が「勝手に買わないで」といって一触即発になったという糞どうでもいいが全くどうでもよくない問題が発生したことがあり、社内ってこういうことあるあるなのだが、これをじゃあ役職付きの人がここに潜む問題を正しく読み解けるマネジメントに長けた人材は少ないし、ましてやこんなことを社長は知らなくて当然と思えるし。

今後組織がどう変わろうが、ものごとは一番真面目で弱い立場の子がしわ寄せを受けるのだから、そこに直接かかわる上級生含めて、中間管理職層が最も重い責任を持っていると感じた。

不透明

にしても。上級生と下級生、そして長の期という言葉をどれだけきいたろうか。下級生でいながらにして完全なる中間管理職の役回りであり、どれだけ孤独な立場であったろうか。
上級生にも下級生にも長の期という存在に寄り添う人がだれもいなかったのはよく伝わってきたし、劇団側と彼女らをつないでいるのは何もないに等しいようにすら思えた。
故人には家族や友人ではなく彼女が一日のほとんどを過ごした稽古場の中に、味方がいなかったんだなぁと。
一連の報道やらもともと感じていたものを思い返しても、前トップと前組長は歴が長い人たちだったからこそのマイペースさがあり、組へのある種の無関心さを感じた。

そしてやり玉にあがった上級生Aさんとのかかわりも、単純なものではなかったようで。なるほどだからAさんは加害者と簡単に切れないものだったのだなと私は感じた。むしろ、これくらいの先輩ってどこにでもいるだろうなとも。二人の関係性をこじらせた原因はこれは週刊誌報道であったことは間違いないようだが、故人を追い詰めたものはAさんとかBさんみたいなわかりやすい図式はなく(それがゼロということもなく)、組そのものであって、もてない量の荷物を持たせておきながら思わず取り落としたのを見て「指導」などというのはハラスメントだろう。

厄介なのは、同じ量の負荷をかけさせられて、乗り越えてきた人の集団だということ、なんだろうなあ。上級生ってのが。

これからさらにしんどい発表が続くと思われる。見守りたい。

あと本当に、この国のエンタメは「OG」の名札で飯を食っている人の多いことよ。




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