隣のヅカは青い

ヅカファン歴は30年ほど。しかし観劇デビゥは2019年から。それほど遠い宝塚についてのブログです。

抜擢組の半分

月組千秋楽からはや数週間。
よい公演でした。その後のざわざわも月組らしくてよし。とにもかくにもこの時代によく幕をおろした。えらい。
残念だったのは、ファンの中に、舞台も配信も観ずにSNSとダイジェスト映像のみでSNS上で意見ばらまいていた人たち。それはどうかと思う。

HDD内の録画可能残量が気になったので、ちょっとしたスカステの番組などもいつまでも取っておいても仕方あるまいと整理しまくった。

しょうもないことに気づく

HDD内にないものも含め、再放送もあるここ10年内くらいのスカステ番組や、wowowの番組も含め、手元に保存していた色々なジェンヌたちの番組などを整理整頓しはじめたところ、なんとはなしに、残酷か情が深いかはわからんけれども、よい役に抜擢を受けるジェンヌの半分は数年内に辞めていくなあ などと思った。

誰と名前を挙げることでもないのだけれど、記憶に新しい5年くらい前の舞台映像をみて、ああいいなとか、あ、こんな子いたなという、目立つ脇役陣に注目すると、一人二人は今も残っているかもしれないが、大体はもういないの。

青春だからしかたない

舞台に身をささげるという生き方自体、難しいものだ。タカラジェンヌとファンの距離は近いから忘れがちだけれども、タカラジェンヌという生き物は基本的にエンタメ界のエリートたちである。だからあれほど保護され優遇された舞台環境に立つことができる(それでもトレーナーやマネジメントなど足りないことも山ほどあるが)。
いま光っているスターさんたちをみたら応援しかないが、スポーツマン、アスリートと変わらぬ彼女たちが、それぞれ決めた時期にタカラジェンヌを「引退」していくのは当然のことで、その「引退」が「退団公演」をひっさげての大イベントとなるのは各組一時代にたったひとりのトップスターのみ。それ以外の毎年約40人弱は、ファンの記憶に焼き付いているとはいえ、何年も宝塚歌劇をみていると「ああそういえば卒業したっけね」と大きな流れのなかについ埋もれがちになってしまう。少し前の舞台をみると、ああもうみんな卒業しているんだなあ などと感慨にふけるのも、タカラヅカの面白味の一つであると思う。

半分と感じたのには

大体、6年7年くらい前の舞台の映像を観ていたときだったかにふと思ったことなので、しょうもない偏見である。
主演、2番目~5番目に大きい役 までを務めるジェンヌは、そのなかに専科が一人くらい混じってたりもするが、トップとトップ候補組で固められているようなものだ。しかしここから一人か二人は数年後に卒業してたりする。
脇役だが目立つ役が5つくらいあったとして、そこに抜擢された一番若手の子を除けば、そこから3人くらいは卒業していて、1人2人は上級生として活躍していて。抜擢されていた若手は御曹司と呼ばれていたりして。
数年前、ダンスメインの場面を任されてた若手~中堅数人、なんてのは、その公演で卒業する子が高確率で抜擢されていて…。
こんな風に「ちょっと前の舞台映像」を観ると目立つ役の半分くらいは、もういないのだ。抜擢とはそういう選抜でもあるのかと思うと、なんと厳しい世界かと思う。

外部では

一般的な劇団や、駆け出しの声優などは若手・新人の頃は生活のためにダブルワーク当たり前であるし、役が付かないうちはバイト三昧であるし、役が付いたらついたで、その役はわずか数週間・数か月の役割なので、先々の予定の不透明さはベテランでも変わらないという世界。
数年前からお付き合いのある舞台女優さんが、このコロナ禍で舞台の仕事がストップしてしまい、その間はご本人がお持ちの資格でインストラクター業をされていた。
それが数か月前から、ぼちぼち舞台の仕事がかえってきたようで、お稽古しているよ、とか今度公演が、という嬉しい連絡がまたやってくるようになった。

しかしいままた、タカラヅカ以外の舞台は中止のニュースが目立っている。
クラスター発生の有無、そのリスクの有無で決まるのかなと想像するけれど…、シンプルに「舞台で食っていける世界」が存続することを願うばかり。

本日は雪組お披露目 東京公演の先着日であった。昼過ぎにみるとまだチケットに余裕があり、友人を誘って、チケットを購入して、ということができた。
ますます人が動けなくなってきているのかな、と感じる。







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